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武蔵国 烏山城 [ KARASUYAMA CASTLE ]

城郭DATA -CASTLE DATA-

項目内容
ヨミカナカラスヤマジョウ
別称烏山砦、烏山塁
スタンプ設置場所
曲輪配置
城郭種類平城
築城者高橋氏
築城年天文年間
廃城年不明
主な城主高橋氏
指定史跡不明または未指定
標高44.4 m
城址碑なし
案内板なし
現存建造物なし
復元建造物なし
遺構なし
現状烏山神社
駐車場近隣の有料駐車場
最寄り駅京王 芦花公園駅


概要・現地案内板

烏山城は、天文6年に扇谷上杉方の深大寺城に対する備えとして小田原北条氏によって泉沢寺跡地に築かれた砦である。
泉沢寺は、当初文明16年(1484)梅沢寺殿吉良頼高の菩提所として延徳3年(1491)に建立されるが、5代住職時代に寺が焼失。
その後、荏原郡泉沢寺の地に再建されている。
当時から城砦化されていたようであるが、その泉沢寺跡地に北条氏の家臣である高橋氏が入部したとされる。
砦は現在の烏山神社より東側にあったとされ、烏山団地、ウテナ本社のあたり一帯が高台となっていたが宅地化が進み遺構は残っておらず、地形がわずかな名残を映し出している。


城犬のおいど 攻城記録


烏山神社


祭神は白山比咩大神をはじめとする五柱。創立の由来はあきらかではないが境内の手水鉢には元文元年(1736)の紀年がある。白山御嶽神社ととなえていたが、昭和37年町内の天神社、神明社、稲荷社を合俳神は白山比咩大神をはじめとする五柱。

創立の由来はあきらかではないが境内の手水鉢には元文元年(1736)の紀年がある。白山御嶽神社ととなえていたが、昭和37年町内の天神社、神明社、稲荷社を合祀し、烏山神社と改称したものである。このあたりには泉沢寺という寺があったが、天文年中(1532~55)に橘樹郡(現在の川崎市内)に移され字名として残っている。
※現地看板より

志村稲荷社


拝殿


招魂碑


今回は、烏山神社に立ち寄ったのですが、ここより東側の高台(烏山団地、ウテナ本社のあたり一帯)が城域と推定されます。
宅地化しているため遺構も無く公共の場としてこの神社でお参りし、訪問記録としています。

2025/6最終訪問


城郭周辺地図

東京都世田谷区南烏山

近隣の有料駐車場


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