城郭DATA -CASTLE DATA-
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ヨミカナ | ナガシマジョウ |
| 別称 | 松箇島城 |
| スタンプ設置場所 | - |
| 曲輪配置 | - |
| 城郭種類 | 平城 |
| 築城者 | 藤原道家 |
| 築城年 | 1245年 |
| 廃城年 | 1872年 |
| 主な城主 | 藤原氏、伊藤氏、滝川氏、菅沼氏、松平氏、増山氏、織田氏 |
| 指定史跡 | 市指定 |
| 標高 | 1.0 m |
| 城址碑 | なし |
| 案内板 | あり |
| 現存建造物 | あり |
| 復元建造物 | なし |
| 遺構 | あり |
| 現状 | 長島中学校 |
| 駐車場 | 付近に駐車場なし |
| 最寄り駅 | JR 長島駅 |

概要・現地案内板
長島城は、文明年間(1469~87)に伊勢国安濃郡の長野氏一族と伝えられる伊藤重晴が長島を治め築城したと言われています。
その後、長島北部の杉江にあった願証寺が浄土真宗の一大拠点となると、伊藤氏は滅ぼされ、長島城も願証寺の支配下に入りました。
そのため、長島一向一揆の時には織田信長の攻撃を受け、天正2年(1574)に包囲され敗れます。
江戸時代に入ると、菅沼氏・松平氏が藩主となりましたが、増山正弥が元禄15年(1702)に長島2万石の藩主になると明治維新まで増山家が続きました。
城の建物は残っていませんが、大手門の一部が蓮生寺(長島町又木)の山門として使われているほか、本丸の南西隅にあった樹齢300年以上のクロマツが今でも城跡の名残として、その威容を誇っています。
※現地看板より
城犬のおいど 攻城記録

案内板

長島中部小学校

長島の大松
クロマツの大樹で、樹齢は三百数十年と推定されています。伊勢湾台風などの災害にも耐え、現在では長島中部小学校のシンボルとなっていますが、江戸時代には長島城の本丸南西隅に位置していました。
※現地看板より

さざれ石

長良川
桑名城から長島城方面を見た光景。

2020/7最終訪問
城郭周辺地図
付近に駐車場なし
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