筑前国 柴田城 [Shibata Castle]
概要 福岡県筑紫野市原田に位置する柴田城は、中世の山城であり、原田氏が本城である高尾城の支城として築いたとされる。標高約250mの山頂に主郭を置き、複数の曲輪が連なる連郭式の縄張を持つ。南北朝時代から戦国時代にかけて、大… 続きを読む »筑前国 柴田城 [Shibata Castle]
概要 福岡県筑紫野市原田に位置する柴田城は、中世の山城であり、原田氏が本城である高尾城の支城として築いたとされる。標高約250mの山頂に主郭を置き、複数の曲輪が連なる連郭式の縄張を持つ。南北朝時代から戦国時代にかけて、大… 続きを読む »筑前国 柴田城 [Shibata Castle]
概要 佐伯城は、関ヶ原後に入封した毛利高政が八幡山(城山)に築いた近世山城。設計は安土城に関わった市田祐定、石垣は姫路城石垣の指揮で知られる羽山勘左衛門が担当したと伝わり、中世山城の曲輪構造と近世の高石垣技術が融合する点… 続きを読む »豊後国 佐伯城 [SAEKI-CASTLE]
概要 延岡城は慶長期に高橋元種が築いた日向国の代表的近世城郭。二大河川に囲まれた天然の要害と総石垣の組み合わせが特徴で、とりわけ二の丸下の高石垣は「千人殺し」の異名で知られる(石を引けば崩落させ得るという後世伝承を伴う)… 続きを読む »日向国 延岡城 [NOBEOKA-CASTLE]
概要 水城は、福岡県太宰府市・大野城市・春日市にまたがって築かれた古代の防衛施設であり、大宰府を守るために設けられた巨大な土塁と外濠からなる城砦である。『日本書紀』に「筑紫に大堤を築き水を貯えさせた。名づけて水城という」… 続きを読む »筑前国 水城 [MIZU-KI]
概要 黒崎城は、福岡県北九州市八幡西区屋敷一丁目の道伯山(どうはくやま/城山)山頂に築かれた近世の平山城である。洞海湾南岸に位置し、東方には豊前方面を一望できる立地で、長崎街道と豊前国境を押さえる要衝として機能した。関ヶ… 続きを読む »筑前国 黒崎城 [KUROSAKI-CASTLE]
概要 岡城は、天神山の断崖上に築かれた天然の要害で、中世は志賀氏の本拠、近世は岡藩(中川氏7万石)の居城。1586年の豊薩合戦で志賀親次が島津軍を3度撃退し「難攻不落」の名を揚げた。1594年以降、中川秀成が総石垣の近世… 続きを読む »豊後国 岡城 [OKA-CASTLE]
概要 府内城は、大分県大分市中心部・大分城址公園一帯に築かれた梯郭式の平城である。慶長年間に海辺の低地を埋め立て、石垣と水堀をめぐらせて築かれた「水に浮かぶ城」として知られ、城下町とともに豊後の政治・経済の中心として発展… 続きを読む »豊前国 府内城 [FUNAI-CASTLE]
概要 佐土原城は、日向伊東氏の一族・田島休助が14世紀半ばに「田島城」として築いたのに始まり、15世紀に伊東本家の拠点化で「佐土原城」と称された。戦国期、伊東義祐の下で城域を拡張し、日向支配の中心城郭の一つに。1570年… 続きを読む »日向国 佐土原城 [SADOWARA-CASTLE]
概要 名島城は、福岡県福岡市東区名島に所在した戦国時代の水城(みずじろ)である。博多湾(はかたわん)に突き出した標高50メートルの丘陵に築かれ、東側を除く三方を海に囲まれた天然の要害であった。城域は東西840メートル・南… 続きを読む »筑前国 名島城 [NAJIMA-CASTLE]
概要 飫肥城は、日向南部の要衝・飫肥に築かれた群郭式の平山城。南北朝期に土持氏が築いたと伝わり、戦国期には伊東氏と島津氏の争奪戦が100年以上続いた。天正16(1588)、豊臣政権下で伊東祐兵が再入部して以降、明治初頭ま… 続きを読む »日向国 飫肥城 [OBI-CASTLE]