尾張国 清州城 [ KIYOSU CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 清州城は当初、尾張守護所の下津城の別郭として築城されました。その後、下津城が戦乱で消失したため文明8年(1476)に守護所が清州城へ移されたとされています。戦国… 続きを読む »尾張国 清州城 [ KIYOSU CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 清州城は当初、尾張守護所の下津城の別郭として築城されました。その後、下津城が戦乱で消失したため文明8年(1476)に守護所が清州城へ移されたとされています。戦国… 続きを読む »尾張国 清州城 [ KIYOSU CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 高松城は、備前国に通じる平野の中心しかも松山往来(板倉宿から備中松山城へ至る)沿いの要衝の地にあり、天正10(1582)年の中国の主戦場となった城跡として有名で… 続きを読む »備中国 高松城 [ TAKAMATSU CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 ここ来迎寺は、岡山県高松城、埼玉県忍城とともに日本三大水攻めのひとつに数えられる戦国時代の太田城の本丸跡と伝えられる場所である。城の範囲は、現在の来迎寺、玄通寺… 続きを読む »紀伊国 太田城 [ OOTA CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 長島城は、文明年間(1469~87)に伊勢国安濃郡の長野氏一族と伝えられる伊藤重晴が長島を治め築城したと言われています。その後、長島北部の杉江にあった願証寺が浄… 続きを読む »伊勢国 長島城 [ NAGASHIMA CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 小原城は、宍戸城の東北部にあって、これを押さえる重要地点であった。築城年代は明らかでないが、里見氏が永享元年(1429)小原に領地を得、里見七郎義俊が、文亀2年… 続きを読む »常陸国 小原城 [ OHARA CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 かつてこの地には東西約550m、南北約440mにわたり武熊城が存在した。吉田の豪族石川望幹が築城したと伝えられ、その後江戸氏の支配を経て、天正18年(1590)… 続きを読む »常陸国 武熊城 [ TAKEKUMA CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 鯉淵城は、室町将軍足利義満が江戸通高の功績を称え、通高の子である江戸通景に河和田、鯉淵、赤尾関の地を与えたことで、通高の二男通重が鯉淵城を築き、鯉淵氏を名乗った… 続きを読む »常陸国 鯉渕城 [ KOIBUCHI CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 この館跡は標高18メートルの台地上に位置し、かつては三方に見沼の大湖沼が入り込み、天然の要害地を呈していた。ここには岩槻太田氏の家臣・松野氏が居城していたと伝え… 続きを読む »武蔵国 松野氏館 [ MATSUNO-SHI RESIDENCE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 南北朝時代の1352年頃、春日八郎行元によって築かれたと伝えられています。観応の擾乱では足利尊氏側に属し、その功績によって足立郡内の地を領しました。戦国時代には… 続きを読む »武蔵国 中丸城 [ NAKAMARU CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 戦国時代、小金城主高城氏の支城の一つがあった。城の範囲は、西深井及び東深井の一部を含む台地一帯と考えられる。不動坊(ふどうぼう)周辺には土塁・空堀跡がある。境内… 続きを読む »下総国 深井城 [ FUKAI CASTLE ]