コンテンツへスキップ

筑前国 猫城 [NEKO-CASTLE]

概要

鞍手中央工業団地南側の丘陵に位置する。永享年間に菊池氏が築いたと伝わる。戦国期には大友氏と毛利氏の争奪戦の舞台となり、立花道雪らによる攻防が繰り広げられた。現在は曲輪や堀切が良好に残る。

城郭詳細データ

項目内容
ヨミカナねこじょう
別名重留城
所在地福岡県中間市大字上底井野
100名城スタンプ
城郭構造連郭式平山城
天守構造不明不明
築城者菊池武政
主な城主菊池氏・麻生氏・宗像氏・立花氏
築城年1429年〜1441年頃
廃城年1587年頃
城址碑あり
案内板あり
現存建造物なし
再建建造物なし
指定文化財未指定
遺構曲輪、土塁、石垣、空堀、井戸跡
現状山林・公園
駐車場付近に駐車場なし
最寄り駅JR 鞍手駅


城犬のおいど 攻城記録


月瀬神社


水濠


猫城址説明板


猫城は、室町時代に麻生氏の端城として築かれたといわれ、その城跡には、現在、月瀬八幡宮の社殿があります。城跡の丘陵は、高さ約20メートルの円錐状で、すそ野には水濠の名残りがみられます。山鹿城の麻生元重と宗像大宮司氏貞は、数度の合戦に及ぶも決着がつかず、天正6年(1578)、遠賀川の東は麻生領、西は宗像領となります。氏貞は、家臣吉田論行に雑兵150余人をつけ、猫城に配属します。

天正8年5月、豊後の大友氏(立花道雪の説もあり)の指令を受けて、鷹取城主毛利鎮実が攻め込みますが、宗像勢は激戦の末、これを打ち破っています。頂上からは、遥かに宗像、鞍手、遠賀が一望され、要塞の地であったことが想像されます。「猫城」の名の由来は、定かではありませんが、「猫が背を丸めた姿に見える」とか、「敵が攻めて来れば高くなり、城より攻め下るときは低くなり、まるで猫のようだ」との言い伝えがあります。
※現地説明板より

猫城址碑


拝殿


本堂


2026/3最終訪問


城郭周辺地図

福岡県中間市大字上底井野

付近に駐車場なし


[ HOME ] [ 城郭データーベース ] [ 福岡県の城郭一覧 ]

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

PAGE TOP