筑後 蒲池城
城犬のおいど 攻城記録 駐車場 崇久寺 凌霄山崇久寺は、鎌倉時代初期に筑後国三潴郡蒲池に移り蒲池姓を名乗った蒲池家の菩提寺である。現在は臨済宗妙心寺派。寺伝では初めは長福寺といい、後醍醐天皇の勅願寺となったが、 兵火を受… 続きを読む »筑後 蒲池城
城犬のおいど 攻城記録 駐車場 崇久寺 凌霄山崇久寺は、鎌倉時代初期に筑後国三潴郡蒲池に移り蒲池姓を名乗った蒲池家の菩提寺である。現在は臨済宗妙心寺派。寺伝では初めは長福寺といい、後醍醐天皇の勅願寺となったが、 兵火を受… 続きを読む »筑後 蒲池城
城犬のおいど 攻城記録 津村城跡 津村城跡は、戦国時代に24町を治める国衆(地侍)であった津村氏の城があったところです。堀に囲まれた「字城跡」・「字二ノ丸」を中心に、二重~三重の堀を巡らせて外敵の侵入に備えていたことが、… 続きを読む »筑後 津村城
城犬のおいど 攻城記録 城址碑 柳川城址 柳川藩主立花氏12万石の本拠となっていた平城跡。永禄年間(1558~1569)蒲池鑑盛入道宗雪が、支城として築いたのがはじまりと伝えられています。天守の高さは、10丈7尺5寸1分… 続きを読む »筑後 柳川城
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 中世に関東から下向した小田氏滅亡後、小田氏の居城であった小曲城に隣接して築かれた城。筑後への備えと佐賀城を守る要として鍋島直茂・勝茂父子によって江戸時代初期の慶… 続きを読む »肥前国 蓮池城 [ HASUIKE CASTLE ]
概要・現地案内板 名護屋城は豊臣秀吉が文禄・慶長の役(1592~98)に際し、出兵の拠点として築いた総石垣の城です。黒田官兵衛(如水)の縄張り(設計)で黒田長政、加藤清正、小西行長ら(一説には毛利輝元も)が普請奉行となり… 続きを読む »肥前 名護屋城
概要・現地案内板 この土手状の高まりは、飛鳥時代に国防のために造られた土塁で、水城跡と呼ばれる遺跡です。「日本書記」には、天智天皇3年(西暦664年)に「筑紫に大提を築き、水を貯えさせる、名付けて水城という」と記されてい… 続きを読む »筑前 天神山小水城
概要・現地案内板 上大利小水城跡は、水城跡から西へ800mの所に位置し、尾根間の谷をふさぐように築かれた小さな土塁です。こうした小規模な土塁は、上大利のほかに春日市の大土居・天神山などにも存在し、小水城跡と呼ばれています… 続きを読む »筑前 上大利小水城
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 水城跡は記録によると、天智天皇3年(西暦664年)に築かれた防衛施設で、土塁と土塁の外側に平行する濠からなります。太宰府市と大野城市の境にある水城跡(大水城)は… 続きを読む »筑前 大土居水城
城郭DATA -CASTLE DATA- 菊池十八城 概要・現地案内板 戦国時代に菊池氏15代・菊池武政が本拠として築城した城です。菊池市隈府の北側にある城山という丘陵地にあり、「守山城」「雲上城」「隈府山城」とも呼ばれ… 続きを読む »肥後国 菊池城 [ KIKUCHI CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 鞠智城は、7世紀後半(約1,300年前)に、大和朝廷が築いた山城です。当時、東アジアの政治的情勢は、非常に緊張していました。日本は、友好国であった百済を復興する… 続きを読む »肥後国 鞠智城 [ KIKUCHI CASTLE ]