三河 川尻城
おいど攻城記録
おいど攻城記録
おいど攻城記録 玄関一之間 表書院上段之間 対面所次の間(和歌山) 対面所上段之間(京都) 黄金水井戸枠(模型) 焼失前の大天守内部 1階南西側から、昭和15年(1940)頃撮影されたものです。 御殿椿 不明門 天守礎石… 続きを読む »尾張 名古屋城
おいど攻城記録
城犬のおいど 攻城記録 堀切1 足助城の中心施設と、南の山上に伸びる施設を区切る役割をもった堀です。堀の底を通路としても使っていました。※現地説明板より 北腰曲輪1 本丸 説明板 足助城の中心である本丸は、足助の街並みを… 続きを読む »三河 足助城
概要・現地案内板 清州城は当初、尾張守護所の下津城の別郭として築城されました。その後、下津城が戦乱で消失したため文明8年(1476)に守護所が清州城へ移されたとされています。戦国の頃、尾張国は守護代の織田氏が実権を握って… 続きを読む »尾張 清州城
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 古宮城は武田信玄が元亀3年(1572)に築城し、縄張りは馬場春信が設計したと考えられている。元亀4年(1573)に武田信玄が逝去すると、当地の領主であった奥平定… 続きを読む »三河国 古宮城 [ FURUMIYA CASTLE ]
城郭DATA -CASTLE DATA- 概要・現地案内板 新城城は、長篠の戦いで戦功のあった奥平信昌によって天正4年(1576)に建てられました。この城は、「しんしろ」という市名の由来になったとされる城跡です。ここが「… 続きを読む »三河国 新城城 [ SHINSHIRO CASTLE ]
概要・現地案内板 新城市作手白鳥の禅源寺の「亀山後伝記」によると、奥平貞俊は応永31年(1424)に川尻城を築き、その後亀山城をこの地に築城して移ったとされる。以降、貞俊・貞久・貞昌・貞勝・貞能の5代までが居城したという… 続きを読む »三河 亀山城
概要・現地案内板 石橋城は、奥平2代貞久の次男、弾正久勝が最初の城主で、近辺の地名「石橋」を称し、三代貞昌の家臣となった。久勝の子、弾正繁昌は、天文6(1537)年9月、主君への謀反が露見し、4代貞勝の命を受けた土佐定雄… 続きを読む »三河 石橋城
城郭DATA -CASTLE DATA- 項目 内容 ヨミカナ ヨシダジョウ 別称 今橋城、豊橋城、吉祥郭、峯野城、歯雑城、三河吉田城 スタンプ設置場所 吉田城鉄櫓 10:00-15:00豊橋市役所東館13階 08:30… 続きを読む »三河国 吉田城 [ YOSHIDA CASTLE ]