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陸奥国 小堤城 [ KODUTSUMI CASTLE ]

城郭DATA -CASTLE DATA-

項目内容
ヨミカナコヅツミジョウ
別称大雄寺館
スタンプ設置場所
曲輪配置
城郭種類平山城
築城者不明
築城年鎌倉時代
廃城年天正年間
主な城主亘理氏
指定史跡なし/不明
標高37.8 m
城址碑あり
案内板あり
現存建造物なし
復元建造物なし
遺構土塁、空堀
現状大雄寺
駐車場付近に駐車場なし
最寄り駅JR 亘理駅


概要・現地案内板

中世の亘理を治めた亘理氏(武石氏)の居城と伝えられる。
城の範囲は大雄寺敷地の大部分を占め、寺の敷地を囲むように土塁があり、中世城郭の面影を残している。
また、東南の突き出た一角は曲輪(くるわ)だったと考えられる。

※現地標柱より


城犬のおいど 攻城記録


標柱と山門


山門は、江戸時代後期のもので亘理町指定文化財の山門(楼門)です。

本堂


慶長9年(1604)伊達成実が福島県信夫郡小倉村(福島県福島市)にあった伊達家菩提寺陽林寺から父実元の位牌を奉じ、萬松山雄山寺を開創した。 

亘理伊達家霊屋と歴代墓所


伊達成実霊屋


成実は慶長7年(1602)35歳で領主となり、正保3年(1646)79歳で没した。伊達政宗を補佐して仙台藩草創に絶大な貢献をし、亘理伊達家250年の基礎を築くと共に、亘理の町の原形を作った偉大な人物である。霊屋は成実没後間もなくの建立と考えられる。方一間の宝形造りで、中に成実の位牌と甲冑姿の木像を安置している。

仙台藩内の霊屋建築としては松島円通院三慧殿と共に江戸初期を代表するものであり、霊屋・木像は昭和54年(1979)に宮城県指定文化財となった。霊屋の前には殉死した成実の家臣である常盤・但木・前田・小川の4人の五輪塔が建っている。霊屋は、毎年1月16日、8月16日に開帳している。

※現地看板より

伊達実元・実氏霊屋


伊達実元は、伊達政宗の祖父晴宗の弟で、大森城(福島県福島市)の城主で天正15年(1587)に61歳で没した。伊達実氏は、岩出山伊達家の出であるが、亘理伊達家の養子となり、5代領主となり、享保2年(1717)64歳で没した。

亘理伊達家2代から13代までの歴代領主および夫人・子女等の墓碑があります。

土塁


城を囲むようにあったとされる土塁の一部が残っています。

泉ヶ入遺跡


丘陵斜面が包含地で、縄文中期と古代の土器の出土品があった。

※現地標柱より

2024/7最終訪問


城郭周辺地図

宮城県亘理町字泉ケ入


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