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下総国 相模台城 [ SAGAMIDAI CASTLE ]

城郭DATA -CASTLE DATA-

項目内容
ヨミカナサガミダイジョウ
別称岩瀬城
スタンプ設置場所
曲輪配置
城郭種類平山城
築城者北条長時
築城年建長年間
廃城年不明
主な城主北条氏、芳賀氏、新田氏、高城氏
指定史跡未指定
標高25.9 m
城址碑なし
案内板なし
現存建造物なし
復元建造物なし
遺構なし
現状松戸中央公園・相模台小学校・松戸裁判所
駐車場松戸中央公園駐車場
最寄り駅JR 松戸駅


概要・現地案内板

相模台城の歴史は、建長元年に房総三国守護で第六代執権であった北条長時が館を構えたことに始まると伝えられています。
その後、長時の子である久時、さらにその子である守時へと受け継がれました。
嘉暦年間には、十五代執権で北条得宗家最後の執権となった北条相模守高時が執権職を辞して出家し、この地に居住したとされています。
現在の相模台城跡は、松戸中央公園や相模台公園、法務局、地方裁判所、聖徳大学、相模台小学校などが建ち並ぶ市街地になっており、当時の面影はほとんど残されていません。


城犬のおいど 攻城記録


松戸中央公園正門門柱


旧陸軍は、工兵のより高度な技術研修のため、相模台にあった松戸競馬場(船橋市・中山競馬場の前身)跡地に大正八年(1919)工兵学校を開校し、昭和二十年八月まで存続させました。煉瓦造の正門は、大正九年に造られたもので、市内に残る数少ない煉瓦建造物です。

警備のための歩哨哨舎は、竣工当時木造でしたが、昭和二年から昭和十年頃にコンクリート造としたものです。正門は、門柱頂部の門灯と門扉がなくなっていますが、現存する門柱四基と歩哨哨舎が往時の様子を伝えています。
※現地看板より

相模台の変遷


この地相模台は、戦国時代の天文七年十月小田原の北条氏と里見氏等が合戦した(国府台の戦い)激戦地であるといわれている。その後、この地は幾多の変遷を経て、大正八年には陸軍工兵学校が開設された。以来、太平洋戦争終結の昭和二十年まで存続し、教育終了者は各所に配属され、工兵の街松戸は広く知られるようになった。

公園入口の門柱と門衛は、工兵学校当時の名残をとどめている。
※現地看板より

陸軍工兵学校跡


2025/9最終訪問


城郭周辺地図

千葉県松戸市岩瀬

松戸中央公園駐車場までのGoogleMAP


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