概要
徳島城は、佐賀県小城市芦刈町浜枝川に所在した中世の平城で、小城千葉氏の一族である徳島氏(とくしまし)の居館・城郭と伝えられる。周辺には「浜中城(はまじょう)」や「徳島館(とくしまやかた)」などの名称も残り、陣の森城(じんのもりじょう)とともに徳島氏の城館群を構成していたと考えられている。現在は圃場整備や宅地化が進み、城郭としての姿はほとんど失われているが、「つき山観音(つきやまかんのん)」と呼ばれる土壇や、水路として残る「徳島堀(とくしまぼり)」が、かつての城と堀の記憶をかすかに伝えている。
城郭詳細データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ヨミカナ | トクシマジョウ |
| 別名 | 浜中城、徳島館、徳島氏館 |
| 所在地 | 佐賀県小城市芦刈町浜枝川 |
| 100名城スタンプ | - |
| 城郭構造 | -平城 |
| 天守構造 | なしなし |
| 築城者 | 徳島氏 |
| 主な城主 | 徳島氏 |
| 築城年 | 不明 |
| 廃城年 | 不明 |
| 城址碑 | なし |
| 案内板 | あり |
| 現存建造物 | なし |
| 再建建造物 | なし |
| 指定文化財 | 未指定 |
| 遺構 | 水路(外堀) |
| 現状 | 宅地、田畑 |
| 駐車場 | 付近に駐車場なし |
| 最寄り駅 | JR 牛津駅 |

城犬のおいど 攻城記録
徳島氏の城跡
肥前千葉氏の一族、徳島氏は戦国時代の永正年間(1504~1520年)に芦刈町の小路と浜中に城館を築きました。ここ、つき山観音一帯が環濠を巡らした城跡とされています。徳島氏は千葉氏、龍造寺氏、その後、鍋島氏に仕えました。

西芦刈を拠点とした徳島孫八郎盛秀は、永禄6年(1563年)有馬氏と大村氏が佐嘉を攻めた丹坂峠の合戦で、東芦刈の武将鴨打氏と共に龍造寺軍の先鋒として柳鶴(牛津町)に出陣しました。また、元亀元年(1570年)、豊後の大友氏が攻めて来た今山の戦いでは、鍋島直茂らと共に出陣し、戦功により筑後の国の一部を拝領しました。

徳島氏は元和3年(1617年)に、のちに小城藩初代藩主となる鍋島元茂が祖父直茂、父勝茂から領地と家臣を譲りうけた際、元茂の家臣となりました。三代藩主元武の時代に西芦刈をはなれ、小城陣屋の近くに屋敷を移しました。
※現地説明板より

堀跡

2026/2最終訪問
城郭周辺地図
付近に駐車場なし
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