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武蔵国 奥沢城 [ OKUSAWA CASTLE ]

城郭DATA -CASTLE DATA-

項目内容
ヨミカナオクサワジョウ
別称なし
スタンプ設置場所
曲輪配置
城郭種類平城
築城者吉良頼康
築城年不明
廃城年1590年
主な城主吉良氏
指定史跡なし/不明
標高30.4 m
城址碑あり
案内板あり
現存建造物なし
復元建造物なし
遺構土塁
現状浄真寺
駐車場付近に駐車場なし
最寄り駅東急電鉄 九品仏駅


概要・現地案内板

九品寺浄真寺は、吉良氏に仕えた勇将大平出羽守の居館奥沢城に建立されたと伝えられている。
現在、見られる本堂、三名堂などを含む方形の土塁は、第形状の形がよく保存されており、中世土豪の砦の規模等を探るうえで貴重な史跡である。
土塁は、一辺が約150メートルで隅がやや丸く、内側からの高さは平均1.7メートル、外側からは2.7メートルあり、四隅は直線部より約1メートル高くなっている。


城犬のおいど 攻城記録


浄眞寺


境内


境内周囲の土手はこの地がかつて奥沢城であったときからの名残りで、鎌倉期における築城学上「土塁」の形態を示すものとして貴重な史料である。境内には古木が多く、カヤ(天然記念物)の大木は推定樹齢700年以上、またトチ・高野マキ・菩提樹およびイチョウ(天然記念物)、など古大木があり、つねに参拝する人々が絶えない、武蔵野の面影を残存する霊城である。
※現地看板より

土塁


城址碑


薬医門


紫雲楼(仁王門)楼上の二十五菩薩


当山に参詣される人々は、この楼上に安置してある阿弥陀如来と二十五菩薩に迎えられて、三仏堂へと足を運ぶことになる。すなわち紫雲の門より内は荘厳の浄土(彼岸)であることを示している。この楼門は寛政年間の建立である。当山の伝統相続行事である「二十五菩薩来迎会」(お面かぶり)は無形文化財に指定せられ、この楼上の二十五菩薩は、来迎の神髄を示現していることになる。
※現地看板より

鐘楼


三仏堂


九品仏


阿育王塔


仏足石


東門


2024/8最終訪問


城郭周辺地図

東京都世田谷区奥沢


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