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陸奥国 鶴峰城 [ TSURUMINE CASTLE ]

城郭DATA -CASTLE DATA-

項目内容
ヨミカナツルミネジョウ
別称弦峯城
スタンプ設置場所
曲輪配置
城郭種類平山城
築城者猪苗代氏
築城年不明
廃城年1590年
主な城主猪苗代氏
指定史跡県指定
標高553.7 m
城址碑なし
案内板あり
現存建造物なし
復元建造物なし
遺構あり
現状史跡鶴峰城跡
駐車場鶴峰城跡駐車場
最寄り駅JR 猪苗代駅


概要・現地案内板

亀ヶ城の雅称で親しまれる猪苗代城跡は、磐梯山麓より猪苗代湖北岸の沖積地へ突出した細長い小丘陵を利用して築かれた中世~近世の城跡で、この尾根を分断する堀切を境として、北側に鶴峰城跡、南側に猪苗代城跡が立地しています。
文献では猪苗代城跡は、奥州征伐の論功行賞によって会津四郡を与えられたとされる佐原義連の孫経連を初代とする猪苗代氏が代々居城にしたとされ、その築城年代については一般に建久2年(1191)といわれていますが、城跡の構造や出土遺物、「示現寺文書」「異本塔寺長帳」の修復入城の記事から、南北朝から室町期にかけて築城されたものと考えられます。
猪苗代氏は、天正17年(1589)の摺上原合戦で伊達方につき、この地を去ることとなりましたが、その後猪苗代城は、天正18年(1590)豊臣秀吉の命により会津に入部した蒲生氏郷によって近世城郭へと改修され、近世を通じて失するまで、当地方支配重要拠点として機能し続けました。
また鶴峰城跡は、文献から猪苗代氏代々の隠居城と伝えられていますが、当初は亀ヶ城の分郭として機能していたものと考えられ、近世初頭の猪苗代城大改修の際、手が加えられなかったため、柵列や石積虎口など戦国末期の古い段階の遺構が今も残されています。

※現地看板より


城犬のおいど 攻城記録


駐車場


案内看板


散策路入口


北郭


土橋


物見櫓跡


本丸南西虎口跡


南郭


眺望


大手道


大手口石積虎口跡


2025/5最終訪問


城郭周辺地図

福島県猪苗代町古城跡

鶴峰城跡駐車場のGoogleMAP


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