概要
佐賀城は、中世の「村中城」(龍造寺氏拠点)を基盤に、慶長期に鍋島直茂・勝茂が総普請して完成させた近世平城。幅70–80m級の巨大な水堀と、石垣と土塁を併用する独特の防御構造を備え、「沈み城」の異名をとる。享保11年(1726)の大火で天守・本丸が焼失、その後は二の丸が藩政中枢となるが、天保6年(1835)の火災を経て10代藩主・鍋島直正が天保9年(1838)に本丸を再建。現存する「鯱の門および続櫓」はこの時期の遺構で、国の重要文化財。明治7年(1874)の「佐賀の乱」では城が戦場となり、門扉には今も弾痕が残る。平成以降の発掘で本丸建物群の礎石や通水施設が多数確認され、2004年に本丸御殿の一部が木造復元され「佐賀城本丸歴史館」として公開されている。
城郭詳細データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ヨミカナ | サガジョウ |
| 別名 | 佐嘉城、栄城、沈み城、亀甲城 |
| 所在地 | 佐賀県佐賀市城内二丁目 |
| 100名城スタンプ | 第89 佐賀城本丸歴史館受付 |
| 城郭構造 | 輪郭梯郭複合式平城 |
| 天守構造 | 層塔型4重5階 |
| 築城者 | 鍋島直茂 |
| 主な城主 | 鍋島氏 |
| 築城年 | 1602 |
| 廃城年 | 1871 |
| 城址碑 | あり |
| 案内板 | あり |
| 現存建造物 | 【現存】鯱の門、続櫓、御座間 |
| 再建建造物 | 本丸御殿 |
| 指定文化財 | 国指定 |
| 遺構 | 石垣、土塁、水堀、曲輪 |
| 現状 | 史跡佐賀城址、佐賀城公園 |
| 駐車場 | 佐賀城本丸歴史館駐車場 |
| 最寄り駅 | JR 佐賀駅 |
城犬のおいど 攻城記録
西門

空濠




西側土塁石垣
ここは外面が石垣、内側が土塁です。南北を石垣ではさまれたこの場所の石垣間は、現在6mの幅ですが、当時は小さな門があったとされ約2mの狭い通路でした。しかし、発掘調査を行った際に、門の跡は見つかりませんでした。

道路上に引かれている線は当時の石垣の場所を示しています。
※現地説明板より

本丸


天守台
天守台の高さは約9m、距離は南北31m×東西27mあります。慶長12~14年(1607~09)に4層5階の天守が築かれました。しかし、享保11年(1726)4代藩主吉茂の時、本丸、二の丸、三の丸、天守が消失し、その後、近代になって、佐賀測候所(1890~1938)や協和館(1957~2004)がありましたが、現在は更地となっています。
※現地案内板より





佐賀県立佐賀城本丸歴史館
佐賀城本丸歴史館は天保6~9年(1835~38)に佐賀藩10代藩主鍋島直正が再建した本丸御殿の一部を忠実に復元した歴史博物館です。延べ床面積2467㎡で天保期再建の本丸御殿の約3分の1を復元しています。

御玄関
館内は「佐賀城の変遷と本丸」「幕末・新選組の佐賀」「明治維新と佐賀の群像」という3つのテーマで日本の近代化を先導した”幕末・維新期の佐賀”の魅力を紹介しています。
※現地案内看板より

青漆塗萌黄糸威二枚胴具足
初代藩主・鍋島勝茂が寛永14~15年(1637~38)の島原・天草一揆(島原の乱)において着用した具足。胴裏面に金泥で記された「鎧記」から判明する。藩主の着用が明確具足としては、現存する唯一のものである。

寛永19年(1642)に勝茂末男の直長に伝えられた「武運之瑞器」であり、鍋島内記家(神代家・親類)に伝来した。10代藩主・直正は天保14年(1843)にこの具足を見ており、「名器」と評している。
※現地説明板より

江戸時代の佐賀城
佐賀城は1726(享保11)年と1835(天保6)年に、大きな火災にあいました。二度目の火災のあと、10代藩主鍋島直正は、本丸御殿の再建にとりかかり、3年後に完成させました。この本丸御殿は、直正による佐賀藩の政治の中心となり、幕末佐賀藩の近代化の舞台となりました。
※現地説明板より

よみがえる佐賀城
佐賀城の変遷や特徴、佐賀城本丸御殿の復元過程などを紹介します。

江戸時代後期の礎石

屯之間
家臣が集まり、控えの場所として使われていました。

鍋島直正が建設した当時の柱
柱は本丸御殿建設当時の具材で材質は杉です。また、柱の上部などには「御座間」「堪忍所」の墨書が書かれています。腐食が激しい部分などには新たに接ぎ木をして当時の具材を再利用しています。
※現地説明板より


御料理間
家臣や藩外の人たちとの対面や、食事の場所として利用されていました。

遺構表示
復元されなかった建物跡の一部を表示しています。


発掘中

24ポンドカノン砲(複製)
佐賀藩10代藩主鍋島直正は、嘉永3(1850)年、築地に反射炉を築き、日本で最初の鉄製大砲の鋳造に成功しました。更に幕府から注文された50門の鉄製大砲を品川の台場に設置しましたが、残存例は現在のところ確認されていません。

この大砲は、1820年頃アメリカで製造されて幕末に輸入され、かつて東京都渋谷区の旧鍋島邸に置かれていたもの(現在は戸栗美術館所蔵)を原型とする複製品です。※現地説明板より

鯱の門
鯱の門は天保9年(1838)に建設され、屋根の両端に青銅製の鯱が載ることから「鯱の門」と呼ばれています。明治7年(1874)の佐賀戦争の時の弾痕が今も残っています。また、鯱の門と続櫓は昭和28年(1953)佐賀県重要文化財に指定され、

昭和32年(1957)には国の重要文化財に指定されており、昭和36~38年(1961~63)に屋根葺替えと解体修理が行われました。
※現地案内看板より


佐賀城公園本丸歴史館周辺図



鍋島直正公銅像

2026/2最終訪問
城郭周辺地図
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