概要
福岡県筑紫野市原田に位置する柴田城は、中世の山城であり、原田氏が本城である高尾城の支城として築いたとされる。標高約250mの山頂に主郭を置き、複数の曲輪が連なる連郭式の縄張を持つ。南北朝時代から戦国時代にかけて、大宰府周辺の支配を巡る攻防において戦略的に重要な役割を担った。現在も土塁や堀切、竪堀などの防御施設が良好な状態で残されており、当時の城郭構造をよく伝えている。・1587年の豊臣秀吉による九州平定の際に廃城になったと考えられている。
城郭詳細データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ヨミカナ | シバタジョウ |
| 別名 | 不明 |
| 所在地 | 福岡県筑紫野市原田 |
| 100名城スタンプ | - |
| 城郭構造 | 連郭式山城 |
| 天守構造 | 不明なし |
| 築城者 | 原田氏 |
| 主な城主 | 原田氏 |
| 築城年 | 14世紀後半~15世紀初頭頃 |
| 廃城年 | 1587年 |
| 城址碑 | なし |
| 案内板 | なし |
| 現存建造物 | なし |
| 再建建造物 | なし |
| 指定文化財 | なし |
| 遺構 | 曲輪・土塁・空堀(堀切・竪堀) |
| 現状 | 山林・史跡 |
| 駐車場 | なし |
| 最寄り駅 | JR鹿児島本線原田駅より徒歩約30分 |

城犬のおいど 攻城記録


登城口
戦国時代(1467年~1584年)末期の1578年は、筑紫広門氏の端城で、その家臣、村山近江守の子 弾正の城であった。
※現地看板より


主郭




腰曲輪

堀と土塁

横堀














2026/3最終訪問
城郭周辺地図
なし
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