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筑後国 大木城 [Ogi Castle]

概要

大廣園に位置する城館(宮園城)は、中世筑後国に築かれた平城(水城)です。天正7年(1579年)、蒲池鑑広が肥前の龍造寺氏の進出に備えて築城し、家臣の今村氏が城番を務めたと伝わります。筑後十五城の一つ。大根川を天然の濠とし、四方を複雑な水路に囲まれた構造から「浮城」とも呼ばれる難攻不落の城館でした。天正15年(1587年)、豊臣秀吉の九州征伐により落城し廃城となりました。現在は東照寺の境内となり、当時の堀跡が水路として残ります。

城郭詳細データ

項目内容
ヨミカナオオギジョウ
別名なし
所在地福岡県みやま市瀬高町大廣園
100名城スタンプ第-番 -
城郭構造平城
天守構造なし
築城者蒲池氏
主な城主蒲池氏・蒲池鑑盛・蒲池重盛
築城年室町時代後期 不明
廃城年1587年
城址碑あり
案内板なし
現存建造物なし
再建建造物なし
指定文化財なし
遺構曲輪・空堀
現状JR鹿児島本線 瀬高駅
駐車場あり・無料
最寄り駅JR鹿児島本線 南瀬高駅・徒歩20分


城犬のおいど 攻城記録


玉琳寺


濠跡


大木城本丸之跡碑


大木城は東西80間南北50間、外濠と防提に囲まれ、其内側に二重の濠を廻らした堅城なりしと云ふ。初代城主宇都宮頼綱は、治承(1180)年間、下野国より下向当地に城を拓く、知長に至り姓を大木と改め城領1500町を領す。明治の元勲、伯爵大木喬任は其後末裔にして、当主吉浦氏(大学教授)は東京に現住す。
※現地城址碑より

2026/6最終訪問


城郭周辺地図

福岡県みやま市瀬高町大廣園

なし


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