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常陸国 手子生城 [ TEGOMARU CASTLE ]

城郭DATA -CASTLE DATA-

項目内容
ヨミカナテゴマルジョウ
別称なし
スタンプ設置場所
曲輪配置
城郭種類平城
築城者小田知重
築城年正治年間
廃城年1798年
主な城主小田氏・菅谷氏
指定史跡市指定
標高24.4 m
城址碑あり
案内板あり
現存建造物なし
復元建造物なし
遺構なし
現状私有地
駐車場付近に駐車場無し
最寄り駅関東鉄道 石下駅


概要・現地案内板

手子生城は、慶長(1596~1614)以前は手子丸といい小田家の領分であった。
ここに小田初代知家の嫡男知重が築いたといわれる手子丸城があり、二重の堀をめぐらした掻上城郭である。
手子生は東西南北に縦貫する要路であり小貝川を渡れば結城多賀谷の領内であるため小田家にとっては重要な布石であった。
以降約400年間小田家支配の城であってその部将が城主となっていた。
天正2年(1574)小田天庵父子が土浦を落ちてから一時多賀谷の支配下になり、菅谷左衛門正光が多賀谷正経からもらい近郷を治めた。
江戸時代になって遠州に国替えとなってから旗本堀田大五郎の知行地となり廃城となった。
旗本菅谷家の代々の菩提所は近くの雄山寺にある。

※現地城址碑より


城犬のおいど 攻城記録


主郭


城址碑


城址碑裏説明書き


二の郭


2025/6最終訪問


城郭周辺地図

茨城県つくば市手子生

付近に駐車場無し


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