城郭DATA -CASTLE DATA-
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ヨミカナ | オオシマジョウ |
| 別称 | 大嶋館 |
| スタンプ設置場所 | - |
| 曲輪配置 | - |
| 城郭種類 | 平城 |
| 築城者 | 不明 |
| 築城年 | 不明 |
| 廃城年 | 不明 |
| 主な城主 | 不明 |
| 指定史跡 | 未指定 |
| 標高 | 21.6 m |
| 城址碑 | なし |
| 案内板 | なし |
| 現存建造物 | なし |
| 復元建造物 | なし |
| 遺構 | あり |
| 現状 | 私有地(宅地) |
| 駐車場 | 付近に駐車場なし |
| 最寄り駅 | 関東鉄道 騰波ノ江駅 |

概要・現地案内板
大島城は、いつ築かれたのかは不明ですが、戦国時代には小田氏の一族である小田式部少輔が居城としていました。
その後、佐竹氏の支配下に入ると真壁房幹が城主となっています。
弘治2年(1556年)、この地域で結城政勝と小田氏治の間で激しい攻防戦が繰り広げられました。
北条氏康の後ろ盾を得た結城政勝が太田資正と遠山綱景の援軍と共に小田領に侵攻し、大嶋台で小田勢と合戦となり勝利したとされています。
大島城は小田城から真壁や海老ヶ島城への交通ルート上に位置しており、海老ヶ島城や小田城の攻防戦では争奪の対象となり、軍勢の駐屯地としても利用されました。
南北に連なる3つの郭で構成されていたと推定され、多くの遺構は失われましたが、南西に位置する墓地には土塁や堀跡と見られる地形がわずかに残されています。
城犬のおいど 攻城記録
子育雷神社

堀跡


城郭周辺地図
付近に駐車場なし
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