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肥後国 豊福城 [Toyofuku Castle]

概要

豊福城は、中世肥後国の豪族、豊福氏の居城とされる平山城である。菊池氏の一族である豊福氏が築いたとされ、特に菊池武重の子である豊福武常が居住したとされる。宇土氏の支城としても機能し、小西行長による宇土城築城の際にはその支城として整備されたとも伝えられる。現在は整備され、土塁や堀の痕跡が確認できる。

城郭詳細データ

項目内容
ヨミカナトヨフクジョウ
別名豊福氏館
所在地熊本県宇城市松橋町豊福
100名城スタンプ
城郭構造平山城
天守構造なし
築城者豊福氏(豊福武常など)
主な城主豊福氏(豊福武常・豊福豊前守など)
築城年不明
廃城年不明
城址碑あり
案内板あり
現存建造物なし
再建建造物なし
指定文化財宇城市指定史跡
遺構土塁・空堀跡・曲輪跡・虎口跡
現状
駐車場
最寄り駅#JR九州 鹿児島本線 松橋駅から車で約10分
九州産交バス 豊福バス停から徒歩約5分


城犬のおいど 攻城記録


豊福城入口


三の郭


豊福城跡


この城跡は、一見、水田中の島状独立台地のように見えるが、もとは北方、猿の山丘陵の西端の裾部が南方に延びた台地で築城の際掘り切って外壕の役目をなさしめ、独立の台地としての城郭を形成した。

(東西約265m南北約285m、ほぼ台形)築造年代ははっきりした記録はないが名和長年の子義高が八代郡を領した建武元年(1334)の直後に内河彦三郎義真が代官として下向しているからその時築かれたものであろう。

その後、名和・相良両氏によって剝奪・奪回が繰り返され、天正15年(1587)当時九州一帯に勢力をのばしつつあった島津氏が豊臣秀吉の征討をつけ、攻防の中心であった。その後は自然廃城になったと思われる。
※現地説明版より

二の郭


主郭


標柱


虎口


2026/4最終訪問


城郭周辺地図

熊本県宇城市松橋町豊福

豊福城入口に1台分の駐車スペース(無料)


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