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肥前国 長尾城 [Nagao Castle]

概要

長尾城は、永正年間(1504〜1521年)に長岡玄蕃頭によって築かれた中世の山城である。長岡氏は平家の落人の末裔と伝えられ、壱岐から南下して石宗の地に居を構えた。尾根上に築かれた城は、東西約33m、南北約22mの本丸を持ち、北側に堀切が設けられた。西海市西海町の丘陵上に位置する。南西に向かって細長く延びる尾根の上に築かれ、尾根の左右は急崖となっている。五島列島や平戸島を望む眺望に優れた立地で、海上交通の監視に適した地点であった。長岡氏の居城として中世に機能した山城。大田和と中浦の境にある石宗の地を治め、周辺の領主との争いもあった。小佐々弾正による攻撃を受けた記録も残る。廃城後は山林となっていたが、地元・石宗集落の有志により公園として整備された。2017年に展望デッキが新設され、サンセットビューを楽しめる隠れた絶景スポットとして注目されている。
中世の山城遺構として本丸跡と堀切が確認される。『大村郷村記中浦村』に本丸の規模や堀切の詳細が記録されており、西彼杵地域の中世城郭研究に貴重な資料を提供している。

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城郭詳細データ

項目内容
ヨミカナナガオジョウ
別名なし
所在地長崎県西海市西海町中浦北郷
100名城スタンプ第-番 -
城郭構造連郭式山城
天守構造なし
築城者不明
主な城主不明
築城年不明
廃城年不明
城址碑あり
案内板あり
現存建造物なし
再建建造物なし
指定文化財なし
遺構周辺の河川・水路
現状長尾城跡公園
駐車場なし
最寄り駅西彼杵道・小迎ICより県道43号線経由約11km


城犬のおいど 攻城記録


城跡案内所


案内看板


城跡までいくつもある案内看板。看板を辿れば到着します。

遠景


駐車場


三の郭


長尾城跡標柱


二の郭


主郭


長岡玄蕃頭居城 長尾城跡


長尾城は、永正年間(1504~1521)、太田和、中浦の境にある石宗のこの地に、長岡玄頭によって築かれた山城である。「大村郷村記・中浦村」に、「本丸東西拾八間、南北拾弐間、城より北の方(北東の方角)に長さ三間、深さ壱間、横弐間の堀切あり」とある。

長岡玄蕃頭は、平家の落武者と伝えられ、永正元年(1504)頃、壱岐郷ノ浦から南下し、太田和の海岸川原隈(こうらくま)に上陸した。その後、石宗の地に移住、長尾城を築き、この地域を領有した。多以良を領有する小佐々弾正が長尾城を攻めた時、小佐々勢が弓を弾いた地を弓張松(ゆみはりまつ)と呼び、長尾城まで矢が届かず、矢が流れた谷を流矢(ながれや)と呼ぶようになった。

これが中浦北郷に残る地名の由来である。玄蕃頭夫妻の墓はこの近くの石宗墓の中現存する長尾城は、急峻な地形を巧みに利用した天然の要害であり、西彼杵半島に残る中世城郭の一つである。本丸から北西方向に太田和集落、黒島、平戸島、西方に釜敷山、大島、蛎ノ島(崎戸町)、遥か遠くに五島列島を望むことができる。
※現地看板より

長尾城跡よりの海望図


眺望


二の郭


三の郭


石宗集落


五の郭


2026/7最終訪問


城郭周辺地図

長崎県西海市西海町中浦北郷

駐車場あり・無料(長尾城公園駐車場)


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