100名城・続100名城
-
別称
大堀山館、北秋津館
城址碑
なし
案内板
なし
現存遺構
なし
復元遺構
なし
標高
67.5m
概要スペック
種別城郭
縄張平山城
曲輪配置単郭式
築城者大石信重
築城年鎌倉時代
廃城年天正18年(1590年)頃
主な城主大石氏、久米氏、北条氏
指定文化財指定なし
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・横堀あり・土塁あり・切岸あり | ||
概要
北秋津城(大堀山館)は、埼玉県所沢市北秋津の柳瀬川北岸に面した舌状台地斜面・縁辺部に築かれた中世城館である。標高約68メートルの微高地に占地し、東西約70メートル、南北約30メートルの規模をもつ。主体部は単郭構造を呈し、現在も雑木林内にL字形の重厚な二重土塁と断面薬研堀をなす空堀(横堀)が残存する。周辺の急速な宅地化やマンション建設により城域の多くは削平・包囲されているが、私有地内の残存山林部に明瞭な土木遺構をとどめている。近隣の日月神社周辺を含めた地形にも城館の面影が残る。
歴史的役割
築城背景には諸説あり、鎌倉時代以降に武蔵七党・村山党の一族である久米氏が拠った居館とする説や、室町期に木曽義仲後裔を称する有力武将・大石遠江守信重が構えた城館とする説がある。また戦国時代には、八王子・滝山方面と川越・武蔵北部を結ぶ軍事・交通の要衝を押さえるため、後北条氏が境目の城砦・中継拠点として改修・利用した可能性が指摘されている。久米川古戦場や八国山にも近く、柳瀬川流域における攻防の要地であったが、天正18年(1590年)の小田原征伐前後には廃絶したと考えられる。
見どころ
残存林内に残るL字形の重厚な土塁(二重土塁)、薬研堀構造を呈する空堀跡、切岸状の台地斜面、近接する日月神社境内
ご当地グルメ
武蔵野うどん、所沢焼きそば、所沢牛料理、狭山茶スイーツ、だんご(焼き団子)
おいど攻城記録
北秋津城跡
住宅地に囲まれた私有地につき、登城叶わず。


2025/7最終訪問