武蔵 藤橋城
おいど攻城記録 藤橋城跡 現存する遺構は、東西70メートル×南北60メートルの曲輪と付属する腰曲輪、土塁、空堀等であり旧態をとどめている。『武蔵名勝図会』(文政3年・1820)に、次のように記されている。「平山越前守虎吉… 続きを読む »武蔵 藤橋城
おいど攻城記録 藤橋城跡 現存する遺構は、東西70メートル×南北60メートルの曲輪と付属する腰曲輪、土塁、空堀等であり旧態をとどめている。『武蔵名勝図会』(文政3年・1820)に、次のように記されている。「平山越前守虎吉… 続きを読む »武蔵 藤橋城
概要 宮園城は天正7年(1579年)に山下城主蒲池鑑広が龍造寺氏の筑後進出に備えて築いた支城である。家臣今村氏を城番とし防衛拠点とした。天正15年の九州征伐後に落城・廃城となった。蒲池氏の支城として龍造寺氏に対する防衛拠… 続きを読む »筑後国 宮園城 [Miyazono Castle]
概要 大智庵城は、室町時代後期に宗家松浦氏の本城として築かれた平山城である。延徳2年(1490年)に第14代松浦定が武辺城から移り築城した。相浦川南岸の丘陵を利用した堅固な城であったが、明応7年(1498年)に平戸松浦弘… 続きを読む »肥前国 大智庵城 [Daichian Castle]
概要 蒲田江城(かまたえじょう)は、肥前国(現・佐賀県佐賀市蓮池町)に築かれた平城です。正平15年(1360年)、南朝方の菊池武安によって築城されたと伝わります。室町・戦国時代には、宇都宮流蒲池氏の庶流とされる犬塚氏(西… 続きを読む »肥前国 蒲田江城 [Kamadae Castle]
概要 榎津城(えなつじょう)は、筑後国(現・福岡県大川市)に築かれた平城(水城)です。室町時代、筑後十五城の一人である蒲池氏の分流(榎津蒲池氏)の蒲池(榎津)親広によって築かれました。筑後川の河口近くに位置し、水運の要衝… 続きを読む »筑後国 榎津城 [Enatsu Castle]
概要 今福城(いまふくじょう)は、中世筑後国に築かれた平山城(丘城)です。鎌倉時代の正治元年(1199年)、三池氏の祖とされる中原(三池)定時によって築かれました。翌年には拠点が大間城へ移されましたが、その後も三池氏の臣… 続きを読む »筑後国 今福城 [Imafuku-jo Castle]
概要 大廣園に位置する城館(宮園城)は、中世筑後国に築かれた平城(水城)です。天正7年(1579年)、蒲池鑑広が肥前の龍造寺氏の進出に備えて築城し、家臣の今村氏が城番を務めたと伝わります。筑後十五城の一つ。大根川を天然の… 続きを読む »筑後国 大木城 [Ogi Castle]