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100名城・続100名城 -
別称 隈江茶臼山城、茶臼山城跡、茶臼山砦
城址碑 なし
案内板 なし
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 169.2m
最終訪問日 —

📋 概要スペック

種別砦
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者秋月氏
築城年戦国時代
廃城年天正15年(1587年)
主な城主秋月氏
指定文化財指定なし

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:169.2m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

茶臼山城(ちゃうすやまじょう)は、福岡県朝倉市隈江の甘木平野北縁にそびえる標高168メートル(比高約100メートル)の茶臼山山頂部および派生尾根上に築かれた戦国時代の山城(砦)跡である。『福岡県の中近世城館跡I』や城郭放浪記等の専門台帳に登載されている。秋月氏の本拠地・古処山城から南西に延びる山塊・丘陵の南端先端部に占地し、甘木盆地・小石原川流域の平野部を一望する要衝にある。山頂の主郭を中心に尾根筋に沿って段状削平曲輪が連郭式に配され、尾根基部を遮断する空堀・堀切や急峻な切岸加工面、土塁状の高まりが残存する。南西山麓の平野部に位置する古城戸城(隈江)や西隣の小鷹城(弥永)などと連動し、秋月本城へと至る主要街道(秋月街道)の入口を扼する前哨哨戒拠点であった。

⚔️ 歴史的役割

戦国大名・秋月氏が古処山城を本拠として筑前・朝倉一帯を領有する中で、秋月城下の南側入口および甘木平野部を監視・防衛するために配置した前衛支城・物見砦として機能した。隈江一帯は、小石原川沿いに甘木から秋月へと北上する街道筋を押さえる軍事的重要結節点にあたる。筑後川流域から侵攻する豊後大友氏や筑紫氏らの動向をいち早く察知し、狼煙や早馬によって古処山城本陣へ急報するとともに、街道を封鎖して敵軍を邀撃する警戒網の要を担った。天正14年(1586年)から天正15年にかけての豊臣秀吉による九州平定において、秋月種実の降伏および日向高鍋移封に伴い、軍事的役目を終えて自然廃城となった。

👀 見どころ

標高168mの茶臼山山頂に造成された主郭平坦削平地および周囲を取り巻く急峻な切岸斜面、尾根筋からの敵兵侵入を遮断する空堀・堀切遺構、曲輪縁辺部に残存する土塁痕跡、小石原川沿いの街道筋を直下に制圧する前衛要害地形、西隣の小鷹城(弥永)や平野部の古城戸城と呼応した秋月防衛ネットワークの構造、山頂部から隈江平野・甘木市街地・筑前町方面および古処山系を見渡す哨戒拠点ならではの眺望景観

🍲 ご当地グルメ

朝倉蒸し雑煮、甘木川魚料理・川蟹、筑前クロダマル(黒大豆)料理、朝倉和牛・筑穂牛ステーキ、秋月葛料理(葛切り・葛餅)


おいど攻城記録


🧭 周辺10km圏内の城郭(25城)

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

甘木鉄道・西鉄甘木線甘木駅から車・タクシーで約7分、または甘木駅から甘木観光バス(秋月方面行き等)で「隈江」下車、隈江集落北側の山道・農道を経て標高168メートルの茶臼山山頂主郭まで登山徒歩約15分(甘木駅から北へ約2.5km、比高約100m)

車でのアクセス

大分自動車道 甘木ICから国道386号および国道322号(秋月方面)経由で北へ車で約10分、または筑後小郡ICから北東へ車で約22分

駐車場

なし

📍 周辺地図

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