概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | 複合式 | 天守形式 | 望楼型 |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | あり(元:松の丸門、先:市内浄蓮寺山門等移築現存) |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
犬山城(いぬやまじょう)は、愛知県犬山市大字犬山(北古券)に所在する木曽川南岸の切り立った断崖絶壁(標高約88メートル、比高約45メートル)上に築かれた近世平山水城跡である。「白帝城」とも称され、国宝(現存天守)、国指定史跡、日本100名城に選定。天文6年に織田信長の叔父・織田信康が木之下城から拠点を移して築城した。背後に木曽川の激流と断崖を配し、本丸の南側に杉の丸、樅の丸、桐の丸、松の丸を階段状に配置した堅固な梯郭式縄張を持つ。現存天守は三重四階地下一階の木造複合式望楼型天守で、日本最古級の天守建築の一つとされる。最上階の廻縁(高欄)が外周に露出し、濃尾平野や御嶽山、木曽川の絶景を360度見渡すことができる。江戸時代を通じて尾張徳川家付家老・成瀬氏が城主を務め、平成16年(2004年)に財団法人化されるまで日本唯一の個人所有の城郭として大切に保存・継承されてきた。
歴史的役割
尾張・美濃の国境を画する木曽川の渡河点および水運を掌握する軍事・通商の最重要拠点として機能した。信康戦死後は織田信長が攻略して重臣を配置、小牧・長久手の戦い(天正12年・1584年)では豊臣秀吉軍が対岸の美濃から川を渡って電撃的に奪取し、秀吉自身が本陣を構えて小牧山の徳川家康と対峙した激戦の舞台となった。関ヶ原の戦いでは東軍の拠点となり、元和3年(1617年)に尾張藩付家老の成瀬正成が3万石(のち3万5千石)で入封。成瀬氏は大改修を実施して天守最上階に唐破風を付加し現在の威容を完成させた。明治維新の廃城令により天守以外の建造物は取り壊されたが、明治24年(1891年)の濃尾地震で天守が半壊した際、「修復を条件に旧藩主・成瀬家へ無償譲渡」され、全国で唯一の個人所有天守として近代の激動期を乗り越えた。
見どころ
現存十二天守の一つであり昭和27年に国宝指定された三重四階地下階「現存国宝天守」(最古級の望楼型構造・廻縁と高欄からの絶景・内部巨木柱・石落とし・武者隠し)、木曽川の急流と天然の岩盤崖を背負う雄大な「平山水城立地」、自然石を積み上げた天守台や本丸周縁の「野面積み石垣」、城下に現存移築されている「松の丸門(浄蓮寺山門)」および「内田門(徳林寺山門)」、城郭南面の防御を固めた空堀・堀切・土塁遺構群、針綱神社・三光稲荷神社が鎮座する登城ルート、江戸時代の町割りを良好に留める重伝建級の「犬山城下町」の町並み、国宝碑・国指定史跡碑・案内板
ご当地グルメ
犬山串グルメ(串カツ・味噌田楽・五平餅)、犬山げんこつ飴、鮎料理(木曽川天然鮎塩焼き・雑炊)、犬山銘菓きなこ団子、守口漬・尾張名古屋めし
おいど攻城記録
周辺10km圏内の城郭(0城)
※半径10km以内に登録されている他の城郭はありません。