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100名城・続100名城 -
別称 小沢要害、城山、小沢城山、小沢城跡
城址碑 あり
案内板 あり
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 87.5m
最終訪問日 —

📋 概要スペック

種別城郭
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者小沢治部少輔
築城年永禄年間(1558〜1570年)頃
廃城年天正18年(1590年)
主な城主小沢氏、金子氏、北条氏
指定文化財指定なし

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:87.5m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

小沢城(おざわじょう)は、神奈川県愛甲郡愛川町角田の相模川右岸および中津川左岸に挟まれた標高約220メートル(比高約130メートル)の険峻な城山山稜上に所在する中世山城跡である。「小沢要害」とも称される。愛川町中津川流域と相模原方面を結ぶ交通路や渡河点を睥睨する天然の要害に占地する。山頂の主郭を中心に東西に延びる尾根上に複数の曲輪が連郭式に造成され、尾根筋を遮断する堀切や空堀、土塁、急峻な切岸加工段が良好に残存している。山頂の主郭平坦面には城址碑および愛川町教育委員会による解説板が設置されており、北条氏特有の技巧的な縄張構造をとどめる。永禄12年(1569年)の武田信玄と北条氏が激突した三増峠の戦いの主戦場(三増峠)の東方至近に位置し、同合戦時における北条方の重要前線拠点として注目される。

⚔️ 歴史的役割

戦国時代に小田原北条氏の家臣・小沢治部少輔や金子氏が城主を務めたと伝えられる。永禄12年(1569年)10月、甲斐の武田信玄が小田原城を包囲した後に甲斐へ撤退する途上、北条氏康の命を受けた北条氏照・氏邦軍が追撃して勃発した「三増峠の戦い」において、小沢城は北条方の前線支援拠点・後方烽火連絡路として重要な軍事機能を担ったとされる。中津川沿いおよび津久井方面へ抜ける要衝を監視し、武田軍の侵攻・退却路を抑える役割を果たした。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐に際しては、周辺諸城と同様に豊臣方の大軍の前に開城・落城し、後北条氏の滅亡とともに廃城となったと推測される。

👀 見どころ

主郭背後の尾根筋を鋭く遮断する明瞭な堀切および空堀遺構、主郭平坦面の縁辺部に残存する防御土塁の高まり、山麓の中津川・相模川低地に向かって落ち込む中世山城ならではの峻険な切岸斜面、主郭跡に建立された「小沢城址」石碑および愛川町教育委員会設置の解説案内板、標高220mの城山頂部から三増峠古戦場・丹沢連峰・津久井方面および相模平野を一望する境目山城ならではのパノラマ眺望

🍲 ご当地グルメ


概要・現地案内板

川崎市の最北端、稲城市と市境を接する丘陵地に小沢城址はあります。
「新編武蔵風土記稿」の伝えるところによると、鎌倉時代初頭の小沢城址は、
小沢小太郎の居城だったようです。
この小沢小太郎は、源頼朝の重臣として活躍した稲毛三郎重成の子で、この地域を支配していた人です。
ここは、丘陵地形が天然の要害となり、鎌倉道や多摩川の広い低地や河原がそばにあったことから、鎌倉時代から戦国時代にかけてたびたび合戦の舞台になりました。
城の形跡として、空堀、物見台、馬場などと思われるものがあり当時を偲ばせますが、
現在は小沢城址緑地保全地区に指定され、自然の豊かな散策路としても貴重な存在です。
※現地看板より


城犬のおいど 攻城記録


入口


京王よみうりランド駅からよみうりV通りをよみうりランドに向かって坂道を登ってくると、コーナーの途中に小沢城の入り口があります。

城址碑


天神山(小沢峰)


物見台


前面の木を切り開くと、江戸や秩父連峰が見渡せることから八州公園とも呼ばれています。
鎌倉時代より、南北朝・室町・戦国時代に至る約380年にわたり敵を見張っていた場所です。
※現地看板参照

古井戸の跡


この穴は小沢城の古井戸の跡で下の台地にあった館の生活用水として使ったものと思われます。昔は深い穴でしたが、危険であることで付近にあった「つぶて石」(城の防御投石用の石)などで埋めたと言い伝えられています。小沢城址の貴重な遺構のひとつですので大切に保全管理をしています。
※現地看板より

竪堀


浅間山と浅間神社


小沢城は標高約90mの浅間山・小沢峰(物見台)・八州台(富士塚)の三つの峰を中心に構成されていて、地元では一般に「天神山」とよばれ親しまれています。浅間神社は富士山信仰の神社ですが、碑には「武州橘樹郡菅村 世話人惣村中 文化三寅年」と刻んであります。この付近から小沢城の防御投石用と思われる「つぶて石」が多く発見されたそうです。
※現地看板より

堀切と主郭


手前に堀切、奥に櫓台のような土塁を設けている主郭。

主郭


小沢城址の概要


小沢城址全体図によるとこの辺りが城址の中心部で、物見台・馬場・櫓台があり、また周辺の平場には武士の居館などがあったものと想像されます。
※現地看板より

城小屋


小沢城址里山の会の小屋


🧭 周辺10km圏内の城郭(1城)

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

小田急小田原線本厚木駅北口から神奈川中央交通バス(厚66系統等)で約35分「三増」または「新田中」下車徒歩約25分、またはJR相模線原当麻駅から車で約15分(角田・城山山稜一帯、標高約220m、比高約130m)

車でのアクセス

圏央道 相模原ICから県道510号および県道65号経由で南西へ車で約15分、または圏央道 圏央厚木ICから国道412号経由で北西へ約20分

駐車場

なし

📍 周辺地図

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