100名城・続100名城
-
別称
別当山城跡、別当山遺跡
城址碑
なし
案内板
なし
現存遺構
なし
復元遺構
なし
標高
95.4m
概要スペック
種別砦
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者麻生氏
築城年室町時代
廃城年戦国時代末期
主な城主麻生氏
指定文化財指定なし
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | なし | ||
| ※ 基本情報等については、AIを利用して情報収集しているため、誤り等がある可能性が御座います。誤情報や指摘等がありましたらコメントでお知らせください。 | |||
概要
別当山城(別当山遺跡)は、北九州市八幡西区別当町の帆柱山系から西へ派生した標高約130メートル(比高約60メートル)の別当山山頂部に位置した中世山城(砦)跡である。割子川流域と遠賀平野東縁を見下ろす要衝に占地し、南西の竹ノ尾城や東方の市瀬城・花尾城と連携する位置にあった。文献史料上では城郭としての言及が乏しかったが、昭和54年(1979年)の宅地開発造成(吉野団地等)に先立つ発掘調査によって発見・確認された。調査では山頂平坦面から主郭および段状の曲輪跡、空堀(堀切)、土坑、掘立柱建物跡、中世陶磁器などの遺構・遺物が検出された。発掘調査完了に伴い宅地造成が行われたため、現在地上の城郭遺構は消滅している。
歴史的役割
室町時代から戦国時代にかけて、遠賀・鞍手・八幡地域を本拠とした有力武士団・麻生氏に関連する山城・出砦と推測されている。帆柱山系西麓の谷筋および割子川沿いの水陸交通を監視・防衛し、本城である花尾城の西側外郭防御網の一端を担ったと考えられる。戦国期には大内氏や大友氏、毛利氏、秋月氏など有力大名が北九州の覇権をめぐって激しく衝突する中、麻生氏の内紛(山鹿麻生氏と花尾・竹ノ尾麻生氏の対立)や境目防衛における前線監視拠点として機能したとみられる。天正14〜15年の豊臣秀吉による九州征伐で麻生氏が没落した前後に役目を終え、廃城となったと考えられている。
見どころ
別当山山頂周辺の宅地住宅街に残る丘陵の地形傾斜、中世の山城・砦が存在した歴史を偲ばせる「別当町」の地名景観、山麓から望む帆柱連山と割子川流域の眺望
ご当地グルメ
八幡ぎょうざ、北九州ラーメン、小倉焼うどん、戸畑ちゃんぽん、くろがね堅パン