100名城・続100名城
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別称
市ノ瀬城、一瀬城、市瀬城跡
城址碑
なし
案内板
なし
現存遺構
なし
復元遺構
なし
標高
125.7m
概要スペック
種別城郭
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者香月則村
築城年南北朝時代
廃城年戦国時代末期
主な城主香月氏、麻生氏
指定文化財指定なし
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・切岸あり | ||
| ※ 基本情報等については、AIを利用して情報収集しているため、誤り等がある可能性が御座います。誤情報や指摘等がありましたらコメントでお知らせください。 | |||
概要
市瀬城(市ノ瀬城)は、北九州市八幡西区大字市瀬の割子川東岸、帆柱山から南西に派生した標高約127〜131メートルの丘陵山頂に築かれた中世山城跡である。割子川を挟んだ南側の竹尾城と対峙し、帆柱連山の南西麓と遠賀郡南部を結ぶ谷筋街道を押さえる要衝に占地する。縄張は山頂の約20〜35メートル四方の方形主郭を中心に、南東側に虎口状に開く参道、北東下尾根を遮断する一条の明瞭な堀切、北側に段状に配された腰曲輪群や切岸などの土木遺構で構成される。山頂の主郭平坦面中央には石祠が祀られており、北九州市の埋蔵文化財包蔵地台帳にも中世城館遺跡として登録されている。
歴史的役割
南北朝時代に南朝(征西将軍府)の懐良親王に仕えた香月庄司の一族・香月五三郎則村によって築かれたと伝えられる。香月氏は遠賀郡香月を本拠とした有力武士団であり、帆柱連山一帯の南朝方拠点群の一翼を担った。その後、則村の子・義則が花尾城主・麻生氏の婿となったことから麻生姓を名乗り、「市ノ瀬麻生氏」の邑城(支城)として継承された。戦国時代には割子川対岸の竹尾城とともに麻生氏の南西部防衛・連絡網を担い、大友・島津・毛利諸勢力の衝突に伴う境目警備拠点として機能した。天正14〜15年の豊臣秀吉による九州平定に際し、島津方に与した麻生氏の没落とともに廃城となったと推測される。
見どころ
山頂主郭北東側の尾根筋を断ち切る一条の堀切、主郭平坦面を取り巻く切岸地形、北斜面に残る階段状の腰曲輪群、主郭中央に鎮座する古祠、割子川を挟んで対峙する竹尾城との立地・城館景観
ご当地グルメ
八幡ぎょうざ、北九州ラーメン、小倉焼うどん、戸畑ちゃんぽん、くろがね堅パン