100名城・続100名城
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別称
二神山城、尼寺山城、蒲生城、虹山城跡
城址碑
なし
案内板
なし
現存遺構
なし
復元遺構
なし
標高
115.9m
概要スペック
種別城郭
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者規矩時秋
築城年鎌倉時代
廃城年弘治2年(1556年)
主な城主規矩氏、長野氏、佐野氏
指定文化財指定なし
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・横堀あり・土塁あり・切岸あり | ||
| ※ 基本情報等については、AIを利用して情報収集しているため、誤り等がある可能性が御座います。誤情報や指摘等がありましたらコメントでお知らせください。 | |||
概要
虹山城は、北九州市小倉南区大字蒲生の小倉競馬場西側にそびえる標高約121メートルの虹山山頂および尾根筋に築かれた中世山城跡である。紫川中流域と企救平野、主要街道を見下ろす要衝に占地する。山頂の「大城」と呼ばれる主郭を中心に、北東下の「小城」と呼ばれる二郭、さらに東山腹の「駒返」と呼ばれる外郭遺構が連郭状に配されている。主郭の南側斜面には弓形状に巡る横堀、二郭にはL字状の横堀が掘削され、東側尾根には尾根を遮断して山腹へ下る長大な空堀・竪堀状通路や切岸、土塁などの土木遺構が良好に現存する。北九州市の埋蔵文化財包蔵地台帳に中世山城として登載されている。
歴史的役割
鎌倉時代に鎮西探題・北条氏の一族である規矩時秋・規矩高政ら規矩氏によって築かれ、代々の居城となったと伝えられる。近隣の蒲生八幡宮を篤く崇敬し多くの神領を寄進した。室町期から戦国期にかけては豊前の有力国人である長野氏、次いで佐野源右衛門が城主を務めたとされる。弘治2年(1556年)、豊前平定を目指して北上した大友宗麟の軍勢による猛攻を受け、激戦の末に落城したと伝わる。その後、関門・小倉地域を巡る毛利氏と大友氏の抗争の中で砦や監視拠点として一時利用された可能性はあるものの、本格的な再建はなされず廃城となった。
見どころ
主郭(大城)南側の切岸下に弧状に巡る横堀、北二郭(小城)のL字状横堀、東尾根「駒返」に残る長大な遮断空堀遺構、各郭を取り巻く切岸地形、山頂からの小倉市街地および競馬場方面の眺望
ご当地グルメ
小倉焼うどん、小倉発祥焼きカレー、門司港ちゃんらー、戸畑ちゃんぽん、ぬかみそだき