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100名城・続100名城 -
別称 本渡城、本砥城、城山
城址碑 あり
案内板 あり
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 77.4m

📋 概要スペック

種別城郭
縄張平山城
曲輪配置連郭式
築城者天草尚種
築城年享禄年間(1528~1532年)頃
廃城年天正17年(1589年)
主な城主天草氏、木山氏
指定文化財指定なし

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 切岸あり
※ 基本情報等については、AIを利用して情報収集しているため、誤り等がある可能性が御座います。誤情報や指摘等がありましたらコメントでお知らせください。

📜 概要

本戸城(本渡城)は、熊本県天草市本渡町本戸馬場の標高約76メートルの独立丘陵(現・城山公園・殉教公園)に築かれた中世平山城である。天草下島北東部、本渡瀬戸を臨む要衝に占地し、西方に連なる高台の本丸、現・天草市立天草キリシタン館付近の二の丸、千人塚付近の出丸などの平坦段(曲輪)が連郭状に配されている。山頂周辺は公園整備や文化施設建設により改変を受けているものの、丘陵裾野を取り巻く急峻な切岸状斜面や曲輪配置に往時の要害地形をとどめる。城跡には城址碑や天草種元の顕彰碑、木山弾正の銅像・石碑が建立されている。

⚔️ 歴史的役割

天草五人衆の一角として勢力を誇った天草氏の当主・天草尚種が享禄年間に築城したと伝わる。天草鎮種・種元の代には河内浦城から本拠機能を移し、城内にキリスト教教会堂を建立して布教を支援した。天正15年(1587年)の豊臣秀吉による九州征伐で本領を安堵されたが、天正17年(1589年)に小西行長の宇土城普請要求を拒否して蜂起(天草五人衆の乱・天草合戦)。加藤清正・小西行長らの連合大軍に包囲攻撃を受け、客将・木山弾正の一騎打ち戦死や城内婦人たちの激烈な抵抗の末、種元が自刃し落城・廃城となった。

👀 見どころ

二の丸跡に建つ天草市立天草キリシタン館、城址碑および最後の城主・天草種元碑、天草合戦の勇将・木山弾正胸像および弾正神社、出丸跡の殉教千人塚、本渡市街と本渡瀬戸を見下ろす丘陵眺望

🍲 ご当地グルメ

天草海鮮丼(車エビ・ウニ・地魚)、天草大王(地鶏料理)、本渡ちゃんぽん、天草南蛮柿スイーツ、あか巻


おいど攻城記録

天草キリシタン館


本戸城の城址碑があるのですが、残念ながら閉館時間になってしまい見ることが出来ませんでした。

2026/5最終訪問


🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

JR三角線三角駅から産交バス(快速あまくさ号)で約1時間15分「本渡バスセンター」下車、徒歩約20分、または天草市役所前バス停から徒歩約18分

車でのアクセス

松島有料道路 上津浦ICから国道324号経由で南西へ車で約30分、または九州自動車道 松橋ICから約1時間45分

駐車場

有(城山公園・天草キリシタン館駐車場、無料約50台)

📍 周辺地図

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