概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
博多見城は、福岡県筑紫野市大字山口字不動浦に位置する標高269.9メートル(比高約140メートル)の山頂一帯に築かれた戦国時代の山城(砦)跡である。天拝湖(山口調整池)の西岸、RKB皐月ゴルフ場裏手の峻険な山塊に占地する。山頂の主郭は南北2段に造成され、南側が高く社が祀られている。主郭南側には帯曲輪が巡り、北西に延びる尾根筋を豪快な3条の連続堀切(三重堀切)で遮断し、南および東へ派生する尾根にもそれぞれ堀切を配して厳重に防御している。小規模ながら要害性に富み、筑紫野市史や埋蔵文化財包蔵地台帳に中世城館として登載されている。城名が示す通り、山頂部からは北方の博多湾方面まで遠望できる抜群の眺望を誇る。
歴史的役割
筑前南部を治めた有力国人・筑紫氏の防衛ネットワークを構成する軍事監視・連絡拠点として機能した。北約1キロメートルに位置する筑紫氏の重要拠点・天判山城(天拝山城)と尾根伝いに容易に連絡可能な位置にあり、天判山城の南方を守る支城としての役割を担った。また、山口から平等寺を経て肥前国基肄郡(現・佐賀県基山町・鳥栖市)の筑紫氏本拠・勝尾城へ抜ける最短ルートや基肄城山麓の街道を監視・掌握する極めて高い戦略的価値を持っていた。天正14年(1586年)の島津軍による筑前侵攻に伴い、天判山城や勝尾城周辺の支城網とともに戦乱に巻き込まれ、同年の九州戦乱やその後の豊臣秀吉による九州平定の過程で役目を終えて廃城となったと推測される。
見どころ
主郭北西尾根を厳重に遮断する深大な三重堀切(3条連続堀切)、南尾根および東尾根にそれぞれ穿たれた遮断堀切遺構、主郭南面に巡らされた帯曲輪と切岸、山頂主郭に祀られた小祠と鳥居、城名の由来を実感させる山頂から博多湾・福岡平野・天拝湖周辺を見渡す広大な展望景観
ご当地グルメ
二日市温泉通り名物ちゃんぽん、太宰府梅ヶ枝餅、筑紫野の地酒、博多ラーメン、水炊き