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100名城・続100名城 86
別称 大野城跡、四王寺城、四王寺山城
城址碑 あり
案内板 あり
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 298.9m
最終訪問日 —

📋 概要スペック

種別古代山城
縄張古代山城
曲輪配置朝鮮式
築城者中大兄皇子
築城年天智天皇4年(665年)
廃城年奈良時代
主な城主朝廷
指定文化財国指定史跡

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 空堀あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:298.9m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

大野城は、福岡県糟屋郡宇美町・太宰府市・大野城市にまたがる標高約410メートルの四王寺山(大城山)一帯に築かれた日本最古級の朝鮮式古代山城跡である。大宰府政庁の北側背後にそびえる山塊全体を城域とし、尾根や谷を巡る外周約8キロメートルの土塁や石垣(百間石垣等)によって包囲した巨大山城である。城内には主城原(本丸相当)をはじめとする平坦地が造成され、70棟を超える礎石建物跡群(米蔵・倉庫跡)や多数の水門・城門跡が確認されている。国の特別史跡に指定され、日本100名城にも選定されている。百済からの亡命貴族(憶礼福留・四比福夫ら)の指導のもと高度な古代土木技術が注ぎ込まれた国防の要塞である。

⚔️ 歴史的役割

天智天皇4年(665年)、白村江の戦い(663年)で唐・新羅連合軍に大敗したヤマト政権が、大宰府の防衛および本土決戦に備えて前年の水城に続いて築造した。平野部の水城や小水城群と連動し、大宰府が直接攻撃を受けた場合の最終防衛拠点・詰城として機能した。城内には大宰府の軍事補給拠点として莫大な兵糧米が蓄積されていたことが炭化米の発掘により証明されている。奈良時代には四天王を祀る寺院が建立され「四王寺」の別名の由来となった。平安時代初期にかけて大宰府防衛網の中核を担い続けたが、軍事的脅威の薄れた平安中期以降は防衛要塞としての役割を終え、霊山・寺院の地へと移行した。

👀 見どころ

谷部を塞ぐ壮大な百間石垣および大石垣などの古代石塁遺構、尾根沿いに長大に連なる版築土塁群、太宰府口城門・宇美口城門をはじめとする城門・水門跡、炭化米が出土した焼米ヶ原や大石蔵などの礎石建物群、四王寺山頂(大城山)から大宰府政庁跡・博多湾・福岡平野を一望する絶景

🍲 ご当地グルメ

宇美八幡宮名物・子安餅、博多ラーメン、水炊き、辛子明太子、もつ鍋


おいど攻城記録


🧭 周辺10km圏内の城郭(21城)

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

JR香椎線宇美駅から西鉄バスまたは徒歩、または西鉄太宰府線太宰府駅からコミュニティバス「まほろば号」で「内山」下車、四王寺山登山道経由で徒歩約40分(車利用が一般的)

車でのアクセス

九州自動車道 太宰府ICから国道3号および県道経由で北東へ車で約20分、または福岡都市高速環状線 水城出入口から約20分

駐車場

有(四王寺県民の森センター駐車場、無料約100台)

📍 周辺地図

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