概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・竪堀あり・堀切あり・横堀あり・土塁あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
茶臼山城は、北九州市八幡東区大字尾倉・大字大蔵境界の皿倉山(標高622メートル)から北東へ派生する尾根上の標高約294メートル峰(比高約210メートル)に築かれた中世山城である。洞海湾および八幡市街地、板櫃川沿いの旧街道を見下ろす要害に位置する。主郭は尾根南端の最高所に置かれ、北に向かって段状に複数の曲輪が連郭状に配されている。主郭南側背後の尾根筋を遮断する深幅な大堀切、北端斜面の横堀状遺構や土塁、北東斜面の竪堀、各郭周囲の急峻な切岸など多彩な土木遺構が良好に残存する。現在は大蔵や帆柱自然公園から皿倉山山頂へ至るハイキング登山ルートの途上に位置している。
歴史的役割
築城年代の詳細は未詳であるが、遠賀・八幡一帯を本拠とした有力国人・麻生氏の出城(花尾城の東方防衛拠点)、あるいは天正年間に北九州に侵攻・駐留した小早川勢の陣城・支城と推測されている。筑前・豊前両国の境目に近く、豊前側(企救・小倉方面)から皿倉山山麓を通過して筑前内陸部へ向かう要衝を監視・扼する軍事的中継拠点の役割を担った。天正14〜15年の豊臣秀吉による九州征伐に際し、秋月方に属した麻生氏の勢力後退、もしくは小早川隆景による筑前支配の確立過程を経て陣城としての役目を終え、廃城になったと考えられている。
見どころ
南背後尾根を厳重に断ち切る幅広の大堀切、曲輪北端に穿たれた横堀および土塁遺構、斜面を切落とした明瞭な切岸群、北斜面の竪堀、尾根上からの八幡市街・洞海湾方面の展望
ご当地グルメ
八幡ぎょうざ、北九州ラーメン、小倉焼うどん、戸畑ちゃんぽん、くろがね堅パン