概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
水上城は、北九州市小倉南区大字合馬の水上山(標高約420メートル、比高約370メートル)山頂部に位置する中世山城跡である。合馬川流域から紫川水系、さらには企救郡南部の山間交通路を見下ろす天然の険峰に占地する。主郭は標高420メートルの山頂に置かれ、北東から南西に伸びる尾根上を削平した曲輪が配されている。主郭の南側尾根には幅広の堀切が穿たれて尾根筋を遮断し、郭の縁辺部には浅い溝や土塁状の高まり、切岸などの土木遺構が残存する。また山本城から水上城へと至る山腹尾根筋(標高約250メートル付近)にも堀切地形が認められ、北端尾根部には石祠が祀られている。北九州市の埋蔵文化財包蔵地台帳に山城遺跡として登載されている。
歴史的役割
城史に関する詳細な記録は乏しいが、合馬・三岳・山本周辺を長年支配した有力国人・豊前長野氏の一族あるいはその被官に関連する詰城・狼煙台ネットワークの一角と推測される。合馬川沿いから八幡・田代方面や企救郡南部を結ぶ山間間道を監視・防備する軍事拠点として機能した。永禄11年(1568年)の毛利軍侵攻(大三岳城・小三岳城の戦い)をはじめとする北九州を巡る大友氏・毛利氏の激突期においても、後背の山岳防衛線・物見砦として活用された可能性が高い。天正14〜15年の豊臣秀吉による九州征伐に伴い、長野氏の没落・国割替とともに役目を終えて廃城となったと考えられる。
見どころ
山頂主郭南側尾根を幅広く断ち切る堀切遺構、山腹(標高約250m付近)に遺存する尾根遮断の堀切地形、主郭縁辺の土塁状の高まり、急峻な山容を活かした天然の切岸斜面、標高420メートルの山頂から合馬の竹林谷や企救連山を見渡す眺望
ご当地グルメ
合馬のたけのこ料理(合馬筍)、小倉焼うどん、小倉発祥焼きカレー、戸畑ちゃんぽん、ぬかみそだき