概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・竪堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
三日月山城は、福岡県糟屋郡久山町大字山田、福岡市東区、糟屋郡新宮町の境にそびえる標高272メートルの三日月山(陣山)山頂部および派生尾根一帯に築かれた戦国時代の山城(出城・城砦群)跡である。『福岡県の中近世城館跡I』において「三日月山城砦群」として記載され、主郭部(砦a)を中心に四方の派生尾根上にaからhの砦群が展開する。山頂の主郭には平坦な削平地と北尾根の櫓台・虎口状地形が認められ、各尾根筋には連郭式の段曲輪群、連続堀切、連続竪堀などが厳重に刻み込まれている。北方に連なる立花山城と尾根続きで直結し、南方の糟屋平野・博多湾方面を一望する要衝に位置する。
歴史的役割
立花山城の南面を守備・補完する大規模な防衛拠点・出城群として機能した。山頂の案内板によれば、永禄年間(1558~1570年)頃に豊後大友氏重臣の高橋三河守鑑種(宝満城主・岩屋城主)が立花山城の出城として守備していたと伝わる。永禄11年(1568年)の立花鑑載の反乱や毛利氏・大友氏の立花山城争奪戦、天正年間における秋月氏・宗像氏らの侵攻、天正14年(1586年)の島津軍による立花山包囲戦に際しても、南方の博多・大宰府方面からの敵軍接近をいち早く察知・阻止する最前線警戒線となった。慶長6年(1601年)の黒田長政による立花山城破却・福岡城築城に伴い、当城砦群も廃城となった。
見どころ
三日月山山頂(主郭砦a)の削平地および北尾根に残る櫓台・虎口状遺構、西尾根や北西谷筋の砦hに遺存する見事な連続堀切および連続竪堀群、三日月山から立花山城へ至る南尾根連絡路に刻まれた畝状竪堀群、山頂に設置された城砦解説板、標高272m山頂から博多湾・福岡市街地・能古島・志賀島・糟屋平野を見渡す360度の大パノラマ眺望
ご当地グルメ
茅乃舎御料理(あごだし料理)、久山牛テールラーメン、とんかつ亭ひさやま、久山養蜂場はちみつスイーツ、博多もつ鍋