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100名城・続100名城 -
別称 剣岳城跡、鞍手富士、剣山城
城址碑 なし
案内板 あり
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 125.2m
最終訪問日 —

📋 概要スペック

種別城郭
縄張山城
曲輪配置単郭式
築城者梅野土佐
築城年応仁年間(1467~1469年)
廃城年天正14年(1586年)
主な城主梅野氏、宗像氏、秋月氏
指定文化財指定なし

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 空堀あり・竪堀あり・堀切あり・横堀あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:125.2m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

剣岳城は、福岡県鞍手郡鞍手町大字新北・中山にまたがる標高約126メートル(比高約90メートル)の「剣岳(鞍手富士)」山頂部に築かれた室町・戦国時代の山城跡である。現在は剣岳自然公園として整備され、九州自動車道鞍手IC付近からもその美しい円錐形の山容を望むことができる。山頂の主郭(本丸)は長方形の単郭構造をなし、南東部に虎口が開かれ石積みの痕跡が残存する。主郭の東面を遮断する空堀・横堀や、斜面を切落とした切岸、北側斜面等に畝状竪堀群が確認されている。主郭内には八剣神社の祠や展望台が設置され、鞍手町教育委員会による解説板が建てられている。遠賀川中流域の平野部や周囲の街道を見下ろす天然の監視拠点であった。

⚔️ 歴史的役割

応仁年間(1467~1469年)に梅野土佐によって築城されたと伝わる。文明年間(1469~1487年)には宗像大宮司・宗像氏の出城(端城)となり、宗像氏家臣の野中勘解由が城代を務めた。その後、一時空城となっていたが、戦国期の天文年間(1532~1555年)に筑前の有力勢力・秋月文種が手中に収め、家臣の跡部安芸守を城代として配置した。宗像氏・秋月氏・大友氏の勢力争いが交錯する遠賀郡内における要衝として防衛を担った。天正14年(1586年)、豊臣秀吉による九州平定軍の先鋒として進軍した山鹿城主・麻生家氏らによって攻められて落城し、廃城・破却されたとされる。

👀 見どころ

山頂主郭南東虎口付近に残存する野面積みの石垣遺構、主郭東側を遮断する空堀・横堀および堀切地形、斜面に刻まれた畝状竪堀群と切岸、山頂に建つ八剣神社石祠および鞍手町設置の城跡解説案内板、標高126mの山頂展望台から鞍手町・直方平野・遠賀川流域を360度一望する大パノラマ眺望

🍲 ご当地グルメ

鞍手ぶどう、鞍手卵かけご飯、八幡ぎょうざ、直方焼きスパ、直方ちゃんぽん


おいど攻城記録


🧭 周辺10km圏内の城郭(3城)

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

JR筑豊本線(若松線)筑前植木駅からタクシーで約7分(徒歩約35分)、またはJR筑豊本線鞍手駅から車で約10分、登城口(八剣神社付近)より山頂本丸まで徒歩約10分

車でのアクセス

九州自動車道 鞍手ICから県道472号および県道468号経由で西へ車で約5分

駐車場

有(剣岳自然公園駐車場、無料約20台)

📍 周辺地図

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