概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・竪堀あり・堀切あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
白山城は、福岡県宗像市山田の孔大寺山から南へ派生した独立峰・白山山頂部(標高319メートル・比高約260メートル)に築かれた中世山城跡である。鎌倉時代初頭の築城以来、約380年にわたり宗像大宮司家・宗像氏の本城として機能した。山頂最高所に三段に削平された広大な本丸(主郭)を配し、北尾根・南尾根・南西尾根の各尾根筋に段郭群を展開する。南西尾根や南尾根には長大な竪堀や畝状竪堀群、連続堀切が厳重に穿たれ、本丸南端には土塁や石列が残存する。さらに山頂付近には岩盤を刳り貫いて作られた「山の井」と呼ばれる希少な井戸遺構が良好に遺存している。
歴史的役割
平安末期から鎌倉初期にかけて、第36代宗像大宮司・宗像氏国によって宗像氏の本拠として築かれたと伝わる。建武3年/延元元年(1336年)、京での戦いに敗れて九州へ落ち延びた足利尊氏を白山城に迎え入れて軍備を整えさせ、多々良浜の戦いでの大勝および室町幕府樹立に多大な軍事支援を果たした。戦国時代の大内義隆横死後、宗像大宮司家の家督争いが勃発すると、鍋寿丸(宗像氏貞)が当城に拠って蔦ヶ嶽城の千代松派と対峙した。氏貞が大宮司を継承した後の永禄5年(1562年)頃、要害性の高い蔦ヶ嶽城(岳山城)を大改修して本拠を移転したため、白山城は主要城郭としての役割を終えた。
見どころ
岩盤を刳り貫いて築かれた全国的にも極めて珍しい山頂の井戸遺構「山の井」、本丸を取り巻く急峻な切岸および南端の土塁・石列遺構、南西・南側尾根に刻まれた畝状竪堀群・連続竪堀および遮断堀切群、山頂本丸に設置された白山城本丸跡標柱と解説板、標高319m山頂から宗像平野・玄界灘・響灘・大島まで見渡す大パノラマ眺望
ご当地グルメ
宗像天然アナゴ料理、玄界灘活イカ、宗像大豆うどん、赤間みそ料理、鶏すき(宗像郷土料理)