概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | あり(黒門、長屋門) | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | あり | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | あり(元:秋月城大手門または古処山城搦手門、先:垂裕神社神門として城内移築「黒門」) |
| 遺構 | 水堀あり・空堀あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
秋月城(秋月陣屋)は、福岡県朝倉市秋月野鳥に位置する江戸時代の陣屋形式の城郭跡である。中世に秋月氏が本拠とした古処山城の南山麓・居館跡に重なり、福岡県指定史跡に指定されている。元和9年(1623年)の福岡藩主・黒田長政の遺命により秋月藩5万石が分封され、初代藩主・黒田長興によって寛永元年(1624年)に築かれた。野鳥川を背後の天然の要害とし、前面に堀・石垣・土塁を配して表御殿と奥御殿からなる堅牢な陣屋を構築。明治維新で破却され、現在は秋月中学校や公園となっているが、県指定有形文化財の「本門(黒門)」や陣屋裏門であった「長屋門」、瓦を敷き詰めた「瓦坂」、壮麗な石垣や水堀が良好に残る。
歴史的役割
鎌倉初期の建仁3年(1203年)に原田種雄(秋月種雄)が秋月荘に入部して以来、秋月氏約400年の拠点であった山麓居館の地に成立した。豊臣秀吉の九州平定で秋月氏が日向高鍋へ移封された後、黒田官兵衛・長政の筑前入封を経て、黒田長興が福岡藩の支藩として秋月藩を立藩。筑前奥東部の山間交通要衝を抑え、豊前・豊後境を警衛する重要拠点を担った。藩政下では儒学者・亀井南冥らを輩出するなど学問・文化が栄え「筑前の小京都」と称される城下町が発展した。幕末の文久年間には防衛力強化のため長屋門を改築。明治初頭の廃藩置県を経て廃城となったが、明治9年(1876年)には旧秋月藩士による士族反乱「秋月党の乱」が勃発した歴史的舞台でもある。
見どころ
垂裕神社神門として移築現存する本門(黒門・県指定有形文化財)、現地に現存する武家屋敷風の秋月城長屋門(裏門)、江戸時代の瓦を階段状に敷き詰めた独特の登城路「瓦坂」、陣屋前面を防御する直線的な石垣群および水堀遺構、杉の馬場の桜並木や紅葉と調和する「筑前の小京都」秋月城下町(重要伝統的建造物群保存地区)の歴史的景観
ご当地グルメ
秋月葛切り、蒸し雑煮、川魚・山菜だんご汁、甘木うどん、筑前朝倉蒸し栗