概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
草場城(草場山城)は、福岡県宗像市平等寺の集落北背後にそびえる標高237メートル(比高約130メートル)の弥勒山(草場山)山頂部および尾根上に築かれた中世山城(出城)跡である。『福岡県の中近世城館跡II』等の遺跡台帳に登載されている。城域は大きく北東の山頂部と南西の尾根先部に分かれ、山頂部は尾根上を平坦に削平した主郭を配し、その東背後の尾根筋には敵の侵入を遮断する連続した3条の堀切が明瞭に刻まれている。南西尾根先の曲輪は若干の段差を伴う平坦地が形成され、現在石仏が祀られている。南麓に広がる平等寺集落や釣川流域を見下ろし、白山城の背後を守る前哨拠点としての地勢を留める。
歴史的役割
宗像大社の大宮司・宗像氏の本城である白山城(山田白山城)の北東背後を固める出城・支城として機能したと伝えられる。平等寺地区は、釣川上流域の赤間・宗像平野部から地蔵峠を越えて遠賀郡(岡垣方面)へと抜ける重要な山間交通路上に位置しており、東方からの敵軍の侵入を警戒・阻止する軍事的前哨砦としての役割を担った。白山城が宗像氏の本拠として機能した南北朝期から戦国期にかけて活用され、特に永禄年間に宗像氏貞が本拠を蔦ヶ嶽城へと移転する以前の白山城防衛網の要衝であった。その後の戦国末期の宗像氏の勢力変遷および九州平定に伴い役目を終え、廃城となった。
見どころ
山頂主郭の東側背後尾根に穿たれた連続する3条の遮断堀切遺構、尾根筋を削平して造成された主郭および連郭状の段曲輪群、曲輪周囲を切落とした急峻な切岸地形、南西尾根先の曲輪平坦面に祀られている石仏、弥勒山山頂から平等寺の谷筋や宗像の山並みを見晴らす山岳砦の眺望
ご当地グルメ
宗像天然アナゴ料理、玄界灘活イカ、宗像大豆うどん、赤間みそ料理、鶏すき(宗像郷土料理)