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100名城・続100名城 -
別称 中牟田城跡、中牟田館
城址碑 なし
案内板 なし
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 30.8m
最終訪問日 —

📋 概要スペック

種別居館
縄張平城
曲輪配置環濠式
築城者不明
築城年戦国時代
廃城年天正15年(1587年)頃
主な城主秋月氏
指定文化財指定なし

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 水堀あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:30.8m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

中牟田城は、福岡県朝倉郡筑前町中牟田の平野部に位置した中世平城(環濠居館)跡である。筑後川水系の支流や用水路が網の目のように巡る筑前・筑後国境付近の低湿地帯に占地し、クリーク(水路網)を天然の堀(環濠)として利用した館跡であったとされる。現在、城域一帯は住宅地および水田・畑地として土地利用が進み、地上の土塁や切岸等の明瞭な起伏は削平されているが、集落を取り囲む水路網や区画割に往時の環濠居館の輪郭をとどめている。福岡県教育委員会による城館遺跡詳細分布調査でも平城として把握されている。

⚔️ 歴史的役割

戦国時代に古処山城を本拠として筑前・筑後一帯に一大勢力を誇った秋月氏の支配領域南西端に位置し、筑前平野部から筑後川流域へと至る街道・水運を押さえる監視・前衛拠点(端城・平時居館)として機能したと考えられる。近隣の三原城や下高橋城、山隈城などとともに国境の緊張関係に対応した。天正15年(1587年)、豊臣秀吉による九州平定(九州征伐)に際して秋月種実が秀吉に降伏し、日向高鍋へ減転封となったことに伴い、当城も軍事拠点としての機能を終えて廃絶したと推測される。

👀 見どころ

筑前平野南部の低湿地帯に発達したクリーク(水堀跡)の景観、中世居館の区画名残を留める集落内の地割、筑前町中牟田一帯の農村田園風景

🍲 ご当地グルメ

筑前クロダマル(黒大豆)料理・スイーツ、朝倉蒸し雑煮、筑前町特産米料理、久留米ラーメン、あまおうスイーツ


おいど攻城記録


🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

西鉄甘木線太刀洗駅または甘木鉄道太刀洗駅から西鉄バス甘木・博多方面行きで約7分「中牟田」下車、徒歩約3分

車でのアクセス

大分自動車道 筑後小郡ICから国道500号および国道386号バイパス経由で北東へ車で約10分、または甘木ICから約12分

駐車場

なし

📍 周辺地図

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