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100名城・続100名城 -
別称 長谷山五位山城、千手五位山城、五位山砦、五位山城跡
城址碑 なし
案内板 なし
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 267.2m
最終訪問日 —

📋 概要スペック

種別城郭
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者秋月氏
築城年戦国時代
廃城年天正15年(1587年)
主な城主秋月氏
指定文化財指定なし

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:267.2m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

五位山城(ごいやまじょう)は、福岡県朝倉市長谷山から千手にかけてそびえる標高約300~350メートルの五位山山稜頂部および派生尾根上に築かれた戦国時代の山城跡である。『福岡県の中近世城館跡I』や遺跡台帳等に登載されている。秋月氏の本拠地・古処山城(標高859メートル)から北東へ連なる山岳地帯に占地し、小石原川上流域および千手・長谷山の山間集落、嘉麻方面へと抜ける八丁峠・山間連絡路を見下ろす要害に位置する。山頂の主郭を中心に尾根筋に沿って平坦な段状削平曲輪が連郭式に造成され、尾根基部を遮断する空堀・堀切や急峻な切岸加工面、土塁痕跡が残存する。東隣の長谷山城や南東の千手城・鼓岳城などと連動し、秋月本城北東背後の山岳防衛線を構成する重要な支城・物見砦として機能した。

⚔️ 歴史的役割

戦国大名・秋月氏が筑前・朝倉一帯を領有する中で、本拠地である古処山城の北東側山岳防御および嘉麻郡・豊前国境方面からの進軍路を警戒・監視するために配置した外郭支城・前哨要塞であった。長谷山・千手一帯は、朝倉と嘉穂盆地(嘉麻・飯塚)を直接結ぶ峠道や山間間道が通る戦略的隘路にあたる。豊後大友氏や毛利氏系勢力、境目の敵対勢力による山間部越境侵入を警戒し、接近時には狼煙や早馬によって古処山城本陣や千手城へ急報するとともに、山峡を封鎖して迎撃する任務を担った。天正14年(1586年)から天正15年にかけての豊臣秀吉による九州平定に際し、秋月種実の降伏と日向高鍋移封に伴い、城館としての役目を終えて自然廃城となった。

👀 見どころ

五位山山頂部に削平された主郭平坦面および周囲を取り巻く急峻な切岸斜面、尾根筋からの敵兵侵入を遮断する空堀および堀切遺構、曲輪縁辺部に残存する土塁痕跡、派生尾根に沿って段階状に配された連郭式の段曲輪群、長谷山城や千手城・古処山城と連動した秋月氏山岳要塞ネットワークの縄張構造、標高約300m超の稜線部から長谷山・千手渓谷および古処山・嘉麻盆地方面の山並みを見渡す山岳哨戒拠点ならではの眺望景観

🍲 ご当地グルメ

朝倉蒸し雑煮、甘木川魚料理・川蟹、筑前クロダマル(黒大豆)料理、朝倉和牛・筑穂牛ステーキ、秋月葛料理(葛切り・葛餅)


おいど攻城記録


🧭 周辺10km圏内の城郭(29城)

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

甘木鉄道・西鉄甘木線甘木駅から甘木観光バス(秋月方面行き)で「秋月」下車、タクシーで約12分、長谷山・千手集落北側の山道・登山道を経て山頂主郭まで登山徒歩約35分(甘木駅から北へ約8km)

車でのアクセス

大分自動車道 甘木ICから国道386号および国道322号経由で北へ車で約22分、または八木山バイパス 穂波東ICから国道322号(八丁峠方面)経由で南へ約25分

駐車場

なし

📍 周辺地図

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