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100名城・続100名城 -
別称 梨木城、弥永之城、弥永城、小鷹城跡
城址碑 なし
案内板 あり
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 212.9m
最終訪問日 —

📋 概要スペック

種別砦
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者楢原高利
築城年戦国時代
廃城年天正15年(1587年)
主な城主楢原氏、秋月氏、内田氏、深江氏
指定文化財指定なし

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 空堀あり・竪堀あり・堀切あり・横堀あり・土塁あり・切岸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:212.9m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

小鷹城(こたかじょう)は、福岡県朝倉郡筑前町弥永の目配山から南へ派生した尾根先端頂部、標高213.2メートル(比高約160メートル)の小鷹城山に築かれた戦国時代の山城(砦)跡である。『福岡県の中近世城館跡』や城郭放浪記等の専門台帳に登載されている。三角点のある南端最高所を主郭とし、その北下に南北に長い二の郭を配する連郭式の縄張を呈する。主郭・二の郭の周囲は堀切と見事な畝状竪堀群で強固に防備されており、北端を堀切と竪堀で遮断し、西側へ伸びる尾根には二重横堀と堀切、主郭南側には畝状竪堀群とその下方に二重堀切を設けるなど、高度かつ緻密な土木防御遺構が極めて良好に残存している。朝倉平野・筑後川流域北縁と筑前内陸部を結ぶ街道を見下ろす要害に位置する。

⚔️ 歴史的役割

築城年代は定かではないが、楢原備後守高利によって築かれたと伝えられる。戦国期には秋月種実を擁する戦国大名・秋月氏の勢力下に入り、秋月氏の重臣である内田善兵衛や深江伯耆守が城番を務めた。朝倉郡・筑前南部の平野部から秋月本拠地(古処山城)へ至る南西方面からの進軍路を扼する最前線要塞として機能し、豊後大友氏や筑紫氏らの侵攻に対する防衛ラインを担った。天正14年(1586年)から天正15年にかけての豊臣秀吉による九州平定において、秋月氏が降伏し日向高鍋へ移封されたことに伴い、役割を終えて自然廃城となった。

👀 見どころ

主郭および二の郭の周囲斜面を取り巻く見事な畝状竪堀群、主郭南側の尾根を遮断する豪快な二重堀切遺構、西側派生尾根に構築された二重横堀と堀切による厳重な遮断線、北端尾根を断ち切る堀切および山道へと連続する竪堀、標高213mの山頂部から朝倉平野・筑前町・三輪市街地・筑後川流域を見渡す前衛拠点ならではの大パノラマ眺望景観

🍲 ご当地グルメ

筑前クロダマル(黒大豆)料理、朝倉蒸し雑煮、筑前町ご当地カレー、筑穂牛・朝倉和牛料理、甘木川魚料理・川蟹


おいど攻城記録


🧭 周辺10km圏内の城郭(28城)

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

甘木鉄道・西鉄甘木線甘木駅からタクシーで約8分(約3km)、または甘木駅から甘木観光バス(三輪・めくばーる方面行き等)で「弥永」下車、北側の廃棄物再生処理センター横登山口(案内板あり)より登山道を経て山頂主郭まで徒歩約25分(比高約160m)

車でのアクセス

大分自動車道 甘木ICから国道386号および県道経由で北西へ車で約10分、または筑後小郡ICから北東へ車で約20分

駐車場

有(登山口案内板前スペース、無料数台)

📍 周辺地図

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