コンテンツへスキップ
100名城・続100名城 -
別称 秋月荒平城、荒平山城、安良平城、荒平城跡
城址碑 なし
案内板 なし
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 224.3m
最終訪問日 —

📋 概要スペック

種別城郭
縄張山城
曲輪配置連郭式・梯郭式複合
築城者秋月種雄
築城年建仁3年(1203年)
廃城年天正15年(1587年)
主な城主秋月氏
指定文化財指定なし

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 空堀あり・竪堀あり・堀切あり・横堀あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:224.3m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

荒平城(あらひらじょう)は、福岡県朝倉市秋月野鳥に所在する標高約300~330メートル(比高約170メートル)の山頂部および尾根群に築かれた中世・戦国時代の大規模山城跡である。『福岡県の中近世城館跡I』や城郭放浪記に登載され、古処山城(標高859メートル)を「詰城」としたのに対し、その南西山麓に位置する荒平城は平時の居館・政治拠点を兼ねた「里城」として機能した。城域は独立性の高い5つの主要郭群(Ⅰ~Ⅴ郭)から構成され、主郭背後を断ち切る大規模な大堀切、各尾根斜面に多数穿たれた畝状竪堀群、横堀、土塁、一部に見られる石積(石垣)遺構など、極めて高度かつ堅牢な防御土木遺構が良好に残存する。秋月谷および野鳥川流域、八丁峠越えの街道を眼下に扼する要衝に占地する。

⚔️ 歴史的役割

建仁3年(1203年)に大蔵氏の後裔である秋月種雄が秋月荘に入部した際に築城したと伝えられ、以後戦国期に至るまで代々秋月氏の本拠拠点(里城)として機能した。永禄10年(1567年)の休松の戦いをはじめとする豊後大友氏との幾多の攻防戦において、秋月城下の防衛・指揮拠点として中心的な軍事的役割を果たした。天正15年(1587年)の豊臣秀吉による九州平定(九州征伐)に際しては、秀吉が秋月進駐時に荒平城に二日間滞在したとの記録も残る。秋月種実が日向高鍋へ移封されたことに伴い廃城となり、江戸期に入ると黒田氏により麓に秋月陣屋(秋月城)が整備された。

👀 見どころ

主郭背後を厳重に分断する大規模な大堀切遺構、各郭群の斜面を取り巻く見事な畝状竪堀群、主郭や各曲輪周囲に残存する石積(石垣)痕跡と重厚な土塁、独立性の高い5つの郭群(Ⅰ~Ⅴ郭)が連動する壮大な縄張構造、秋月氏代々の「里城」としての格式を示す広大な平坦地割、山頂部から秋月城下町・秋月陣屋跡・杉の馬場・小石原川流域および古処山系を一望する圧倒的なパノラマ眺望景観

🍲 ご当地グルメ

秋月葛料理(葛切り・葛餅)、朝倉蒸し雑煮、甘木川魚料理・川蟹、筑前クロダマル(黒大豆)料理、朝倉和牛・筑穂牛ステーキ


おいど攻城記録


🧭 周辺10km圏内の城郭(29城)

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

甘木鉄道・西鉄甘木線甘木駅から甘木観光バス(秋月方面行き)で「博物館前」または「秋月」下車徒歩約10分、大涼寺裏手または杉の馬場北側の登山口より登山道を経て主郭部まで徒歩約25分(甘木駅から北へ約7km)

車でのアクセス

大分自動車道 甘木ICから国道386号および国道322号(秋月方面)経由で北へ車で約15分、または八木山バイパス 穂波東ICから国道322号経由で南へ約25分

駐車場

有(秋月公営駐車場等利用、有料約100台)

📍 周辺地図

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

トップへ戻る