概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
道場山城(どうじょうやまじょう)は、福岡県朝倉市秋月の小石原川上流西岸にそびえる標高約200メートル(比高約80メートル)の道場山頂部および派生尾根上に築かれた戦国時代の山城(砦)跡である。『福岡県の中近世城館跡I』や秋月氏関連史料・戦国合戦記録等に登載されている。秋月氏の本拠地・古処山城(標高859メートル)の南西山麓、秋月城下の入口を扼する前衛丘陵に占地する。山頂の主郭を中心に尾根筋に沿って平坦な段状削平曲輪が連郭式に配され、尾根基部を遮断する空堀・堀切や切岸加工面、土塁痕跡が残存する。秋月城下へと通じる谷筋街道や野鳥川・小石原川流域の平野部を一望する好位置にあり、本城・古処山城の喉元を直接防衛・監視する最前線要塞として機能した。
歴史的役割
戦国大名・秋月氏の有力家臣である古賀平左衛門が城主を務めたと伝えられる。永禄10年(1567年)の休松の戦い前哨戦において、秋月種実が籠もる古処山城を攻めるため大友勢が押し寄せた際、先陣の吉弘鑑理が対峙して布陣するなど、秋月本拠地防衛における極めて重要な軍事衝突の舞台となった。秋月二十四城(支城網)に位置づけられ、南方の甘木平野方面から秋月谷へ侵入を図る大友氏らの軍勢を直下で邀撃・牽制する任務を担った。天正14年(1586年)から天正15年にかけての豊臣秀吉による九州平定に際し、秋月種実の降伏と日向高鍋移封に伴い、城館としての役目を終えて自然廃城となった。
見どころ
標高約200mの山頂部に造成された主郭平坦削平地および周囲を取り巻く急峻な切岸斜面、尾根筋からの敵兵侵入を遮断する空堀および堀切遺構、曲輪縁辺部に残存する土塁痕跡、古賀平左衛門ゆかりの城砦遺構、永禄10年の大友勢対峙の舞台となった歴史的要害地形、山頂部から秋月城下・秋月陣屋跡・小石原川上流域および古処山系を見渡す本城直下ならではの哨戒眺望景観
ご当地グルメ
秋月葛料理(葛切り・葛餅)、朝倉蒸し雑煮、甘木川魚料理・川蟹、筑前クロダマル(黒大豆)料理、朝倉和牛・筑穂牛ステーキ