概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
高石山城(たかいしやまじょう)は、福岡県飯塚市内野(旧嘉穂郡筑穂町)の筑前内野駅西北西にそびえる標高483メートル(比高約400メートル)の高石山山頂部および派生尾根上に築かれた戦国時代の拠点山城跡である。『福岡県の中近世城館跡I』や城郭放浪記等に登載されている。急峻な高山山頂の主郭を中心に尾根筋に沿って細長い削平曲輪が連郭式に配されている。主郭南西尾根を遮断する二重堀切や、北尾根に穿たれた堀切、各曲輪周縁の急峻な切岸加工面が良好に残存する。東へ伸びる尾根先端には高石山城東砦(仮称)、北へ伸びる尾根上には茶臼山城が配され、一大防御ネットワークを形成していた。筑前国と筑後・肥前・筑紫平野を結ぶ最大要衝である冷水峠北麓および長崎街道内野宿の谷筋街道を直下に見下ろす天険の要害に占地する。
歴史的役割
戦国大名・秋月氏の有力な端城(重要支城・境目要塞)として機能した。冷水峠一帯は、筑前国嘉穂盆地と筑紫平野(太宰府・筑紫野方面)を結ぶ交通・軍事の死命を制する要衝地であり、秋月氏にとっては西方の宿敵・大友氏(高橋紹運・立花道雪)や筑紫氏の東進を阻止する防衛の最前線であった。高石山城は標高483mの高所から街道を行き交う軍勢の動向を監視し、敵の進撃を邀撃する物見・防塞拠点を担った。天正14年(1586年)の島津軍による筑前侵攻の際にも冷水峠越えの軍事ルート上の監視拠点として緊迫下に置かれたが、天正15年の豊臣秀吉による九州平定に伴い、秋月種実の日向高鍋移封により役割を終えて自然廃城となった。
見どころ
標高483mの高石山山頂に造成された主郭平坦削平地および周囲を取り巻く高切岸、主郭南西尾根筋を厳重に分断する二重堀切遺構、北尾根に穿たれた一条の堀切、細長い尾根地形を巧みに加工した連郭式の段曲輪群、東砦や北尾根の茶臼山城と連動した山岳要塞ネットワークの縄張構造、山頂部から内野宿・冷水峠・筑穂盆地・三郡山系・嘉麻方面を見渡す比高400mならではの圧倒的パノラマ眺望景観
ご当地グルメ
飯塚名物ホルモン鍋、筑穂牛ステーキ・焼肉、たまごかけご飯(筑穂名物)、ひよ子本舗吉野堂銘菓、かます餅