概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | なし | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 空堀あり・竪堀あり・堀切あり・土塁あり・切岸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
高山城は、大阪府豊能郡豊能町高山の標高約448メートル(比高約60メートル)の山頂および尾根筋に築かれた中世山城跡である。キリシタン大名として著名な高山右近(友祥・重友)の生誕地として知られる。余野川上流の山間盆地を見下ろす独立丘陵に占地し、南北に細長く展開する主郭・二の丸・三の丸などの連郭式曲輪群で構成される。主郭背後の尾根筋を断ち切る深大な堀切や空堀、各郭切岸、主郭縁辺の土塁、斜面の竪堀状遺構などの土木遺構が山林内に良好に遺存する。主郭跡には「高山右近生誕之地」の石碑が建立され、山麓の集落内には高山右近夫妻像や高山キリシタン墓碑(府指定文化財)が所在するなど、右近ゆかりの史跡群が点在している。
歴史的役割
鎌倉時代から室町時代にかけて、北摂山間部の要衝・高山庄を支配した在地武士・高山氏代々の居城として築かれた。戦国時代には高山図書(ダリオ・友照)が城主を務め、天文21年(1552年)に嫡男である高山右近(ジュスト・重友)がこの城内で誕生したとされる。高山氏は三好長慶や松永久秀に従属し、のちに大和国沢城や摂津高槻城へ拠点を移した。右近が高槻城主となって以降も一族の詰城・連絡拠点として保持されたが、天正13年(1585年)に右近が播磨明石へ転封となった前後に廃城となったと考えられる。信仰を守り抜いた右近のルーツを示す城郭として極めて高い歴史的価値を有する。
見どころ
山頂主郭に建つ「高山右近生誕之地」石碑、曲輪間の尾根を遮断する深大な堀切および空堀遺構、各郭を取り巻く明瞭な切岸と土塁痕跡、山麓に点在する高山右近夫妻像および高山キリシタン墓碑(キリシタン信仰遺跡)、山頂から高山盆地を見渡す眺望
ご当地グルメ
能勢うどん、猪鍋(ぼたん鍋)、高山ごぼう料理、納豆(能勢・豊能特産)、もみじの天ぷら