コンテンツへスキップ
100名城・続100名城 56番
別称 虎臥城
城址碑 あり
案内板 あり
現存遺構 なし
復元遺構 なし
標高 350.3m
最終訪問日 —

📋 概要スペック

種別城郭
縄張山城
曲輪配置連郭式
築城者山名宗全
築城年嘉吉年間(1441~1444年)
廃城年慶長5年(1600年)
主な城主太田垣氏、桑山氏、赤松氏
指定文化財国指定史跡

🏯 基本情報

天守平面構造なし 天守形式なし
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓なし 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門なし 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀なし
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 空堀あり・堀切あり・石垣あり・切岸あり・井戸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:350.3m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

竹田城は、円山川沿いにそびえる標高353.7メートルの古城山(虎臥山)山頂尾根に築かれた織豊系近世山城である。南北約400メートル、東西約100メートルに及ぶ山頂尾根を削平し、本丸・天守台を中心に南千畳・北千畳・花屋敷・平殿などの曲輪群を連郭状に配する。城域全域にわたり野面積みによる長大な総石垣遺構がほぼ完全な状態で残存しており、晩秋の早朝に発生する濃霧によって雲海に浮かび上がる景観から「天空の城」「日本のマチュピチュ」と称される。国の史跡に指定されている。

⚔️ 歴史的役割

室町時代中期の嘉吉年間に但馬守護・山名宗全(持豊)が播磨・丹波に対する境目の城として家臣の太田垣光景に命じ築城させたと伝わる。以後、太田垣氏が代々城主を務めたが、天正5年(1577年)および天正8年(1580年)の織田信長の命による羽柴秀吉の但馬平定軍の侵攻を受けて落城した。その後、秀吉配下の桑山重晴を経て赤松広秀(広通)が入城し、豪壮な総石垣の近世山城へと大改修された。しかし慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで西軍に属した赤松広秀が鳥取城攻防戦後に切腹を命じられたため廃城となった。

👀 見どころ

本丸天守台および南北千畳を連ねる長大な野面積み総石垣、枡形虎口群、立雲峡から望む雲海に浮かぶ天空の城の景観、花屋敷・平殿の曲輪群

🍲 ご当地グルメ

但馬牛料理(ステーキ・牛丼)、岩津ねぎ料理、黒毛和牛すき焼き、出石皿そば、朝来みどり(緑茶スイーツ)


おいど攻城記録


🧭 周辺10km圏内の城郭(0城)

※半径10km以内に登録されている他の城郭はありません。

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

JR播但線竹田駅から天空バスで約20分「竹田城跡」下車、徒歩約20分(冬季運休・徒歩登城道あり)

車でのアクセス

北近畿豊岡自動車道・播但連絡道路 和田山ICから車で山城の郷駐車場まで約10分(城内車両進入規制あり)

駐車場

有(山城の郷駐車場・まちなか駐車場等、無料約200台)

📍 周辺地図

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

トップへ戻る