概要スペック
基本情報
| 天守平面構造 | 連立式 | 天守形式 | 望楼型 |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | あり(化粧櫓、渡櫓群、リの一渡櫓、チの櫓、折廻り櫓等計27棟/いずれも国宝および国指定重要文化財) | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | あり(菱の門、いの門、ろの門、はの門、にの門、水の門群等計21棟/国指定重要文化財) | 再建門 | あり(大手門再建RC造等) |
| 現存土塀 | あり(現存土塀計32棟/国宝附および国指定重要文化財) | 再建土塀 | あり(大手門周辺土塀等) |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | なし |
| 遺構 | 水堀あり・空堀あり・堀切あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
姫路城(ひめじじょう)は、兵庫県姫路市本町に所在する播磨平野中央の姫山(標高約46メートル)および鷺山に築かれた近世城郭建築の最高峰である。「白鷺城」とも称され、平成5年(1993年)に法隆寺とともに日本初の世界文化遺産に登録。国宝(大天守・小天守・渡櫓8棟)、国指定特別史跡、日本100名城に選定。中世赤松氏の砦を起源とし、豊臣秀吉の三層天守改修を経て、関ヶ原合戦後に播磨52万石で入封した池田輝政が慶長6年から8年をかけて現在の壮大な偉容へと大改修した。五重六階地下一階の大天守を中心に、東小天守・西小天守・乾小天守の3基の小天守を渡櫓でロの字状に連結した連立式天守群を誇る。白漆喰総塗籠造の優美な外観の内側に、渦郭式縄張や迷路状の登城ルート、狭間・石落とし・武者隠しなど緻密を極めた実戦的要塞機能を完備し、近世城郭の到達点として世界的価値を有する。
歴史的役割
西国大名を牽制・統制する徳川幕府の最重要戦略拠点として位置づけられ、徳川家康の女婿である池田輝政に託された。輝政死後は本多忠政が入封し、徳川秀忠の長女・千姫が再嫁した際に化粧料十万石をもとに西の丸や化粧櫓を増築、現在の城郭構造が完成した。江戸期を通じて親藩・譜代大名が頻繁に入れ替わり、幕末には酒井忠顕・忠績らが城主を務めた。幕末の鳥羽・伏見の戦いでは新政府軍に包囲されるも無血開城し、明治維新の廃城令では陸軍省管轄下で陸軍歩兵第十連隊が駐屯、陸軍大佐・中村重遠らの尽力で天守の保存が決定された。太平洋戦争末期の姫路空襲でも奇跡的に天守屋根への焼夷弾着弾が不発に終わり焼失を免れ、「不戦の城」として建築美と防衛遺構の全容をほぼ完全な姿で現代へと継承している。平成の大修理を経て白漆喰の優美な姿が甦った。
見どころ
国宝に指定された大天守・三小天守・渡櫓の4棟が連立する世界唯一無二の「五重六階地下一階現存連立式天守群」(心柱構造・石落とし・狭間・破風の連なり)、千姫の生活空間を今に伝える重要文化財「西の丸長局(百間廊下)」および「化粧櫓」、伏兵や侵入者を迎撃する迷路状の虎口構造を持つ重要文化財「菱の門」「はの門」「にの門」「水の門群」、扇の勾配を描く高さ20m超の「野面積み・打込接ぎ高石垣群」、播州皿屋敷のお菊伝説が残る「お菊井戸」、城郭を三重に包囲する広大な「水堀・中堀・内堀」景観、天守最上階から播磨平野・瀬戸内海を一望する眺望、隣接する池泉回遊式大名庭園「好古園」、世界遺産碑・国特別史跡碑・案内板
ご当地グルメ
姫路おでん(生姜醤油で味わう黒つゆ・白つゆおでん)、アーモンドトースト(姫路発祥モーニング喫茶グルメ)、播州赤穂の塩ラーメン・姫路濃厚豚骨ラーメン、穴子めし・蒸し穴子重、御座候・玉椿(老舗銘菓)
おいど攻城記録
周辺10km圏内の城郭(0城)
※半径10km以内に登録されている他の城郭はありません。