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100名城・続100名城 90番
別称 亀岡城、亀山城、日之岳城
城址碑 あり
案内板 あり
現存遺構 あり
復元遺構 あり
標高 51.7m
最終訪問日 —

📋 概要スペック

種別城郭
縄張平山水城
曲輪配置梯郭式
築城者松浦鎮信
築城年慶長4年(1599年)
廃城年明治4年(1871年)
主な城主松浦氏
指定文化財指定なし

🏯 基本情報

天守平面構造複合式 天守形式層塔型
現存御殿なし 再建御殿なし
現存櫓あり(狸櫓、北虎口門脇多聞櫓) 再建櫓あり(乾櫓、地蔵坂櫓、見奏櫓、懐柔櫓復元)
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門あり(北虎口門) 再建門なし
現存土塀あり 再建土塀あり
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門なし
遺構 水堀あり・空堀あり・堀切あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:51.7m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

平戸城は平戸海峡(黒瀬戸)に突き出た標高約50メートルの平戸島北東端の丘陵(亀岡)に築かれた海城(平山水城)である。三方を海に囲まれた天然の要害で、山頂の本丸を中心に二の丸、三の丸を階段状に配する。江戸中期に兵学者・山鹿素行の軍学理論(山鹿流軍学)に基づいて設計・再築された唯一の城郭として名高い。明治初期の廃城令で多くの建造物が解体されたが、現存遺構として北虎口門(市指定有形文化財)や狸櫓、本丸の壮大な石垣群が残る。昭和37年に模擬天守(三層五階)および乾櫓・地蔵坂櫓・見奏櫓・懐柔櫓が外観復元された。

⚔️ 歴史的役割

慶長4年(1599年)に松浦鎮信(法印)が日之岳城を築城したが、徳川家康への恭順の意を示すため慶長18年(1613年)に自ら放火・破却し、平時の居館(御館)で政務を執った。その後、元禄15年(1702年)に4代藩主・松浦棟が幕府に再築を申請・許可され、山鹿素行の指導を受けた山鹿流縄張によって宝永4年(1707年)に完成した。平戸藩6万1700石の政庁であり、対外貿易の窓口として栄えた平戸港や平戸海峡の海上交通を監視・防備する軍事拠点として幕末まで機能した。

👀 見どころ

現存の北虎口門および多聞櫓、現存狸櫓(伝承あり)、山鹿流軍学に基づき築かれた本丸・二の丸の石垣群、三方を海に囲まれた天守からの平戸海峡の眺望

🍲 ご当地グルメ

平戸牛料理(ステーキ・焼肉)、平戸ちゃんぽん、カスドース、ウチワエビ料理、ごんあじ・ひらめ料理


おいど攻城記録


🧭 周辺10km圏内の城郭(0城)

※半径10km以内に登録されている他の城郭はありません。

🚃 アクセス

公共交通機関でのアクセス

松浦鉄道西九州線たびら平戸口駅から西肥バス平戸桟橋行きで約15分「猶興館高校入口」下車、徒歩約8分

車でのアクセス

西九州自動車道 佐々ICから県道227号・国道204号経由で平戸大橋を渡り車で約35分

駐車場

有(亀岡公園駐車場・平戸城前駐車場等、無料約100台)

📍 周辺地図

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