100名城・続100名城
172番
別称
浮城
城址碑
あり
案内板
あり
現存遺構
なし
復元遺構
なし
標高
14.3m
最終訪問日
2026-08-27
概要スペック
種別城郭
縄張平水城
曲輪配置梯郭式
築城者小早川隆景
築城年永禄10年(1567年)
廃城年明治6年(1873年)
主な城主小早川氏、福島氏、浅野氏
指定文化財国指定史跡
基本情報
| 天守平面構造 | 複合式 | 天守形式 | なし |
|---|---|---|---|
| 現存御殿 | なし | 再建御殿 | なし |
| 現存櫓 | なし | 再建櫓 | なし |
| 現存蔵 | なし | 再建蔵 | なし |
| 現存門 | なし | 再建門 | なし |
| 現存土塀 | なし | 再建土塀 | なし |
| 移築御殿 | なし | 移築櫓 | なし |
| 移築蔵 | なし | 移築門 | あり(元:作事奉行所門、先:順正寺山門) |
| 遺構 | 水堀あり・石垣あり | ||
赤色立体地図・微地形判読
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概要
三原城は沼田川河口の小島や砂州を繋ぎ合わせて瀬戸内海に突き出すように築かれた海城(平水城)である。満潮時には城郭全体が海に浮かんでいるように見えたことから「浮城」と称された。本丸天守台は東西約43メートル、南北約38メートルと日本屈指の規模を誇るが、天守は建てられず四隅に二重櫓を配したとされる。近代以降は城域を山陽鉄道(JR山陽本線)および山陽新幹線の高架が貫通しており、新幹線駅の直上に天守台が組み込まれ直結する特異な現況を呈する。国の史跡に指定されている。
歴史的役割
毛利元就の三男・小早川隆景が瀬戸内海の水運掌握と水軍運用の本拠地として、新高山城から本拠を移して築城した。織田氏との抗争や豊臣政権下における四国攻め・九州平定・朝鮮出兵の兵站拠点として機能し、軍船が城郭内に直接接岸できる画期的な軍港要塞であった。関ヶ原の戦い後は福島正則の家臣・福島正之らが入城。福島氏改易後は浅野長晟の家老・浅野忠吉が城代となり、江戸時代を通じて広島藩の重要支城として西国街道および瀬戸内航路の軍事・治安統制を担った。
見どころ
日本屈指の面積を誇る本丸天守台石垣、天守台を取り巻く内堀(水堀)、新幹線三原駅コンコースと直結する登城口、鍛冶曲輪跡石垣、順正寺山門(移築城門伝承)
ご当地グルメ
三原タコ料理(タコ飯・タコ天)
三原焼き(鳥モツ入りお好み焼き)
八天堂くりーむパン
三原銘菓ヤッサ饅頭
酒饅頭
おいど攻城記録




































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