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100名城・続100名城 71番
別称 久松城、葦陽城
城址碑 あり
案内板 あり
現存遺構 あり
復元遺構 あり
標高 23.3m
最終訪問日 2026-08-28

📋 概要スペック

種別城郭
縄張平山城
曲輪配置渦郭式・梯郭式複合
築城者水野勝成
築城年元和8年(1622年)
廃城年明治6年(1873年)
主な城主水野氏、松平氏、阿部氏
指定文化財国指定史跡

🏯 基本情報

天守平面構造複合連結式 天守形式層塔型
現存御殿なし 再建御殿あり(月見櫓復元、湯殿復元、鏡櫓復元)
現存櫓あり(伏見櫓) 再建櫓なし
現存蔵なし 再建蔵なし
現存門あり(筋鉄御門) 再建門なし
現存土塀なし 再建土塀あり
移築御殿なし 移築櫓なし
移築蔵なし 移築門あり(元:長屋門、先:実相寺山門)
遺構 水堀あり・石垣あり・土塁あり・切岸あり・井戸あり

🗻 赤色立体地図・微地形判読

中心標高:23.3m (航空レーザ測量データによる微地形表現)
出典:全国Q地図 / 国土地理院
※淡色地図に傾斜量図・陰影起伏図を各透過率40%(不透明度60%)で合成

※ページ内では国土地理院の地形起伏図・傾斜量図(透過率40%合成)を表示しています。上のボタンをクリックすると、全国Q地図にてDEM1A(1mメッシュ)やDEM5Aなどの高精細な赤色立体地図を全画面で確認できます。

📜 概要

福山城は、芦田川河口付近の低丘陵(常興寺山)を削平・造成して築かれた近世平山城である。本丸を取り巻く二の丸、三の丸を配した渦郭式・梯郭式複合の縄張を持ち、五重六階地下一階の大天守には北側の砲撃防御のため外壁に鉄板が張られた「鉄板張り」という唯一無二の構造を有していた。太平洋戦争の福山空襲により国宝指定の天守などを焼失したが、伏見城から移築された伏見櫓や筋鉄御門が現存重要文化財として残る。2022年の築城400年記念事業において全国唯一の天守北面鉄板張りが忠実に復元された。

⚔️ 歴史的役割

元和5年(1619年)、徳川家康の従兄弟である水野勝成が備後10万石で入封し、西国の外様大名(毛利氏・浅野氏など)を監視・抑止する西国防備の総鎮守として幕府直轄級の支援を受けて築城された。近世城郭の最終完成形とされる大規模要塞であり、水野氏5代の改易後は松平(奥平)氏を経て譜代重臣の阿部氏が入封。幕末には老中首座として日米修好通商条約締結に尽力した阿部正弘を輩出した。明治維新まで備後福山藩の藩政・軍事の中枢として機能した。

👀 見どころ

現存重要文化財の伏見櫓・筋鉄御門、復元された天守北面の黒漆塗り鉄板張り、本丸高石垣、鐘櫓、復元月見櫓・湯殿、駅ホーム至近の景観

🍲 ご当地グルメ


おいど攻城記録


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