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筑後国 宮園城 [Miyazono Castle]

概要

宮園城は天正7年(1579年)に山下城主蒲池鑑広が龍造寺氏の筑後進出に備えて築いた支城である。家臣今村氏を城番とし防衛拠点とした。天正15年の九州征伐後に落城・廃城となった。
蒲池氏の支城として龍造寺氏に対する防衛拠点となった。山下城の出城として筑後南部の防衛ラインを形成し、天正12年の龍造寺勢侵攻時には今村氏が防戦した。九州征伐後廃城となり、現在は東照寺の境内となっている。東照寺は今村家の菩提寺として開創された。水堀跡が掘割として残り、往時の城郭構造を偲ばせる。
筑後平野部の典型的な水城として貴重。堀割が当時の形を残しており、中世筑後の城館研究に重要な資料を提供する。石垣は柳川城築城時に供出されたと伝わる。

瀬高牛・清水うなぎ・柳川鍋・みやま柿・有明海苔

城郭詳細データ

項目内容
ヨミカナミヤゾノジョウ
別名水城・浮城・今村城・宮ノ園城
所在地福岡県みやま市瀬高町大廣園
100名城スタンプ第-番 -
城郭構造連郭式平城
天守構造なし
築城者長田氏
主な城主長田氏
築城年戦国時代
廃城年安土桃山時代末期
城址碑あり
案内板なし
現存建造物なし
再建建造物なし
指定文化財なし
遺構曲輪
現状東照寺
駐車場なし
最寄り駅JR鹿児島本線 南瀬高駅、徒歩約22分


城犬のおいど 攻城記録


仁王堂前駐車場


金剛山東照寺


本堂


内堀


境内のご案内


密厳橋


本丸跡


将軍地蔵堂


二の丸跡


三の丸跡


2026/6最終訪問


城郭周辺地図

福岡県みやま市瀬高町大廣園

なし


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